約 2,288,819 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2039.html
今俺は病院のベッドの上で点滴を受けている。 何のことはない。 ちょっとしたストレス性のなんとかかんとかで、胃の一部が溶けただけだ。 何が原因かと言えば、まぁ、色々原因は思い当たりすぎて何とも言えない。 クラスでの俺の扱いが、色々な事件の末に妙な風になっていること。 隠していた秘蔵AVの配置がズレていたこと。 妹に、知らなくて良い余計な予備知識が増えていたこと。 後は、来年に控えた大学進学に関してが少々重荷だったことくらいだろうか。 そんなこんなで、ともかく今俺は病室で安静にしたいわけだ。 「おい、ハルヒ」 「なによ」 「俺は今から横になって、ゆーっくり休みたいんだ」 「あらそう」 「だから、いいかげん俺のベッドの横でくつろぐのは止めてくれ。胃に悪い」 だが、この女……涼宮ハルヒはそんな俺を一向に構う様子もなく、 来て早々「倒れた団員を気遣うのは団長の務めよ!」と言ったきり、横に居座り続けて、 お見舞いの品を勝手に食ったり、俺が休んでいた間のSOS団での事件を勝手に報告していたりする。 看病というのか病人をオモチャにしにきたのか、ハッキリ言って区別はできない。 「なによ。せっかく人がお見舞いしに来ているんだから、もっと丁寧に扱いなさいよ。 だいたいちょっとしたストレスで胃に穴が空くなんて、軟弱過ぎるの! そんなんじゃあ現代社会で生きてけないわよ!」 ベッドの横の椅子でふんぞり返るハルヒ。 こいつの小言を聞いていると、冗談抜きで胃がキリキリと痛む。 なまじ頭だけは良いから、妙に重々しいことを言ってきて精神衛生上よろしくない。 「これからは、社会に出ても恥ずかしくないくらいSOS団総出でビッシビシしごいてあげるわ! 覚悟して……」 「やめろ」 思わず、吐き捨てるような口調になる。 「………誰のせいでこうなったと思ってるんだ……」 「なによ。あたしのせいだって言うの?」 「あ………その、いや…………」 これは、明らかに俺の失言だった。 無論この胃潰瘍はハルヒのせいではない。 あいつらとの活動に、俺が負荷を感じたことがないと言えば嘘になるが、 まさか胃に穴が空くようなレベルじゃあない。 「そんなことは全然、まったくない……が…………」 俺の言葉は尻すぼみになった。 ハルヒが下から睨め付けるように俺を見ていたからだ。 ある意味、ヘビに睨まれたカエルの気分……というのがこの心境を表すのに適している。 「あたし、帰る」 「ちょ、ハルヒ! 待て! 待ってててて痛てててて………ッ」 急にかかったストレスで、俺の胃は悲鳴を上げた。 ハルヒはそんな俺を振り返ることもなく、椅子を蹴って立ち上がると、 一目散に病室から出て行ってしまった。 無論、胃痛で動けない俺は、その後ろ姿を見送ることしかできなかったわけだ。 思えば、これがあのドタバタした1日の伏線になっていたわけなのだな。 後々から考えてみれば。 ◆◆間◆◆ あれから一週間ほどして、俺は学校に復帰した。 胃に空いた穴もほとんど回復し、長門、朝比奈さん、古泉のお見舞いのお陰もあって、フィジカルもメンタルも絶好調となったからだ。 しかし問題は一つ。 あれ以来、俺は涼宮ハルヒとは会っていないし、一秒たりとも会話をしていない。 「よ、よう」 「………………」 復学早々朝一番の挨拶にも、ハルヒは反応してこなかった。 「まだ怒ってるのか?」 「………………」 返事をしないのも予想の内だ。 今までのハルヒの行動を念頭に置いて考えると、一度キッチリ頭を下げておけば、 どんなにつむじの曲がったハルヒでも、帰りにSOS団の部室に行く頃には機嫌を直してくれると予想はついている。 俺は席に着くと、早速机に手を突いてハルヒの顔を真っ直ぐに見た。 「すまなかった。あの件については俺も」 「いいの。謝らないで」 「悪……ん?」 言葉を途中で切られて、俺はかなり怪訝な顔をしていたと思う。 「な、なんだって?」 「謝らなくていいの。気にしないで」 この時の俺はかなり動転した顔をしていたと思う。 あの涼宮ハルヒともあろう者が、相手に謝罪もさせずに物事を許したことがあったか? いやない(反語)。 「一体どんな風の吹き回しだ。俺はちゃんとこうやって謝罪を」 「いいのよ。それより聞いてくれるかしら?」 涼宮ハルヒが大人しい。声を荒げたり茶化したりすることなく、 むしろ冷静に俺に語りかけてくる。あまりに……そう、あまりに不気味だ。 以前どこかで巻き起こった猛烈な勢いの台風が、町を丸々ぶっ潰しておきながら俺の家だけを無事に残しておく時くらいに有り得ない状況である。 視線を時折外に向かわせたり、教室に戻したりと挙動不審気味なのが尚更におかしさを煽る。 「な、なんだよ」 「………何でも言うこと聞いてあげる」 「は?」 「あたしが、何でも言うこと聞いてあげる」 何の冗談だ、と笑い飛ばそうとした。 笑い飛ばそうとしたのだが、ハルヒの目は本気だった。 茶化すには余りにも真っ直ぐにこっちを見ていたのだ。 「…………ど、どういうことだ?」 「ッ!」 ガタン! と椅子を蹴って立ち上がると、ハルヒはドタバタと駆けながら教室を出て行ってしまった。 「おい、待てハルヒ!」 俺が声を上げたことで、教室中の視線が俺に向いた。 俺は気まずい思いをしながら、視線から逃れるように席に戻るしかなかった。 「何でも言うことを聞くだと………どういうことだ?」 ◆◆間◆◆ ハルヒはその後、1限から5限までの授業を丸々ボイコットした。 鞄を机に置きっぱなしだったから部室にでもいるのかと思ったが、 ガチャッ 「…………」 「なんだ。長門しかいないのか」 放課後部室に入ってみれば、居るのは定位置で読書にふける長門の姿だけだった。 ハルヒどころか、我らがメイドの天使様であらせられる朝比奈さんも、どうでもいいが古泉もいない。 「どうやら、ハルヒは完全にフケちまったみたいだな。何か知らないか?」 「知らない」 「そうか」 長門の回答は簡潔だった。恐らく全く心当たりがないのだろう。 それなら仕方がない、とばかりに俺はオセロを引っ張り出して一人オセロで暇を潰すことにする。 ハルヒが部室にないとなれば、これ以上探そうにも探しようがない。 となれば、いつも通り部室にいてハルヒが来るのを待った方が得策というわけだ。 そして、暇を潰すにも、よっぽどのことがなければ長門の読書を邪魔しないという暗黙の了解がある。 お茶も、朝比奈さんが来てから淹れて貰った方が美味しい気がするしな。 取り敢えず、まずは白と黒の駒を盤の上に並べて、さっそくオセロを……。 「……伝えることがある」 「うぉ!?」 俺はびっくりして手に持っていた駒を取り落とした。 いつの間にか、読書を止めた長門が右隣に立っていたのだ。 しかも顔の位置が近いぞ。 「なんだ。驚かしてまで伝える内容なのか」 「そう」 「どんな内容なんだ」 「あなたの言うことを、なんでも聞く」 「………なんだと?」 「あなたの言うことを、なんでも聞く」 聞き覚えのあるセリフだ。 「長門、それはハルヒに何か吹き込まれたんだな」 「肯定する。涼宮ハルヒが一限開始前に通達してきた」 「『俺の言うことを何でも聞くように』……てか?」 「そう」 ハァ、と思わず溜息が漏れた。 長門を巻き込んで、あいつは一体なにがしたいんだ。 あいつの思いつきは毎度毎度突拍子もないが、今回も突拍子がなさすぎてわけがわからん。 「気にせんでもいいぞ。どうせハルヒの戯れ言だ」 「そうはいかない」 「ん?……そうなのか?」 「そう」 長門が更に一歩前に出てきた。 互いの顔が数センチという近さで、これはちょっと近すぎる。 思わず目を逸らしてしまう。 「な、なんだ。そんなの本気にする必要はないんだぞ。だいたいいつもの気まぐれじゃないか。 てきとうにやって話を流しちまえばいいんだよ。そんなにいちいち真面目くさってやってたら大変だ」 そこまで一気に喋って、チラ、と長門の方へ視線を一瞬戻したが、 長門の顔は依然として超至近距離にある。 「だいたいだな、俺が言うことを何でも聞くって言ったら……例えば、俺がココでキスをしろなんて言ったら……」 「キスを実行する」 俺が視線を戻した時、既に、長門との距離はほとんどゼロだった。 ふっ、とお互いの息がかかり、そのまま長門のくちびるに俺のくちびるが触れ……そして、すぐに離れた。 「終了する」 ほんの1秒未満だったが……これは、確実に………その………。 「な、長門?」 「問題ない。わたしは命令を実行しただけ」 長門はいつもの定位置まで戻ると、鞄に本を仕舞い、それを持ってドアの所まで行った。 「長門……もう、帰るのか?」 「…………………」 長門は答えず、そのままドアを開けて廊下の方へ出て行ってしまった。 終始無言のままの長門だったが、その無表情には微かに別の表情があった。 長門の表情を見分けるのには、俺にも一家言ある。 あれは………確かに、少しだけ、長門の顔は赤かった。 ドタン バタバタバタバタッ 遠くで誰かが階段から落ちたらしい音が聞こえる。 程なく、我らが天使朝比奈さんがやった来たが、彼女によると、 「いきなり長門さんが階段から滑り落ちてきて、びっくりしちゃいました……。 あんなに慌てた長門さんを見るのは初めてですよ。 顔だけはずっと冷静な顔だったのが、ちょっと面白かった……なんて言ったら失礼ですけど」 だそうである。 ハルヒのヤツ、長門に無駄にエラーを蓄積させるとは、まったくけしからんヤツである。 本当にそう思う。 キスできてラッキーとか、そんなことは全く思わないわけではないが、ともかくけしからんヤツである。 ◆◆間◆◆ 朝比奈さんが来て、つつがなく着替え終わった後、 俺は、定番のメイド服に身を包んだ天使の淹れたお茶を美味しく頂戴していた。 今日のお茶はナントカカントカというお茶で、あつ〜い温度で作る渋〜いヤツなのだそうだが、 俺には彼女が淹れてくれるというだけで全てが甘露なので、ともかくおいしく頂戴するわけだ。 「いや〜、まいどまいどすみません」 「いいんですよ。これもオシゴトですから」 別段、必ずSOS団に従事しなくてはならないわけでもないのに、それに全力を注ぐ彼女のなんと健気なことか! 俺は感涙を禁じ得ず、ついでにお茶をもう一杯所望してしまうのである。 「そう言えば、またハルヒが妙なことを思いついたらしいですね。 朝比奈さんは何か聞いていませんか?」 「あ、朝ホームルームが終わった後で聞きました。 その……キョンくんの言うことを、必ず聞くようにって言われてます」 やっぱりか。 「いったいどんなつもりなんでしょうね。 さっきも長門が……その……よくわからないことを言っていて、びっくりしましたよ」 先程のことを思い出し、俺が渋い顔をしていた時、 バァン! と勢い良くドアが開いた。 「やほー! みんなげんきにょろ?」 ドアから飛び込んで来た、このハルヒ並のハイテンションなお嬢さんは、何を隠そう鶴屋さんだ。 SOS団の準団員にして常識派の筆頭。そして古泉の組織のパトロンの家系のお嬢様という、 肩書きでも中身でもテンションでも、全てにハイの付く朝比奈さんの同級生だ。 「どうしたんです? 朝比奈さんならそこに……」 「いやいや。今日はみくるに用事じゃなくて、キョンくんの方に用事があるかなっ」 「お、俺ですか?」 鶴屋さんと言えば朝比奈さん。 そういう図式が頭の中でできていた俺には、それだけで十分不審な空気を感じ取ってしまう。 「いったい、どんな御用です?」 「今日は、キョンくんの言うことをなんでもきいちゃうよっ。ハルにゃんとの約束だからねっ」 ビンゴだ。 「またそれですか。どんなことでも、って言われても困りますよ」 「どうしてかなっ?」 「俺だって心身ともに正常な青少年です。そういう所を配慮していただかないと……」 話半ばで、俺の手は鶴屋さんにガシッと掴まれた。 「つ、鶴屋さん?」 「つまり、キョンくんがしたいのはこういうことにょろ〜?」 鶴屋さんが手を引っ張り、そのまま朝比奈さんの……その、胸部に俺の手を押し当てた。 「ふぇ、ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」 「ちょ、つ、つ、鶴屋さんこれは!?」 「ふっふっふっ……めがっさ柔らかいにょろ?」 三人の声が交錯する。 その間、俺の右腕は……その……たっぷりとした重量を手の平に感じていた。 柔らかさはマシュマロ、固さはゴム鞠、そんな二律背反が混在した感触だ。 コンピ研の部長が以前この状況になったことがあったが、これは確かに万死に値する価値がある。 「やや、やめてください鶴屋さん!」 俺はそう叫んだ。さすがの俺もずっとそうしているわけにはいかない。 鶴屋さんの手を振り払い、天使のバストから無理矢理手の平を引き剥がす。 「何のつもりですか! いくらハルヒからの命令だって言っても、これはひどすぎます! 朝比奈さんだって、ほら、何か言ってやってくださいよ!」 俺が憤慨しながら声を上げると、 「でも……涼宮さんの命令だから……」 「しかたないかなっ。これはこれで面白いしね!」 と頬を赤らめたり、ケラケラと笑っていたりする。 ダメだ。真意が読めん。 「今、キョンくんがして欲しいというなら、あたしで良ければキッスくらいしてあげるよん?」 「待って下さい。俺はキスをして欲しいとも身体を触りたいとも思っていません」 「おりょ。キョンくんはお堅いな〜」 「お堅いお堅くないじゃないんです。変だと思いませんか? そんな命令?」 思わず二人に対して声を張り上げてしまう。 この時ばかりは、俺もちょっとばかり腹が立っていたのだ。 「それは……涼宮さんがキョンくんのことを思って、のことですよ」 「どういうことですか、朝比奈さん?」 「だって、キョンくんが倒れたのはストレス性の胃潰瘍だったという話で、 涼宮さんも、それでとっても悩んでいたみたいでしたし……」 「あの時のハルにゃんは、長いこと悩んでいたからね〜。それでみんなで人肌脱ごう、ということになったのさっ」 つまり、これは俺にストレスが溜まらないように……という対処ということなのか。 逆に気をつかってストレスが溜まっている気がしてならないがな。 「だ、か、ら。遠慮しちゃダメにょろ〜。 あたしので良ければ、今ならめがっさ格安で! ちょっとだけ体験させてあげてもいいかなっ」 鶴屋さんが俺の手を取って、そっと胸元に押しつけてきた。 朝比奈さんとは違って、こう、良く締まった身体の上に乗ったソレのアレな感触がジンワリと伝わってくる。 「だ……」 「だ? 何にょろ?」 「ダメです!!」 俺は乱暴に手を振り払った。 「あららら、嫌われちゃったかな?」 「そういうんじゃありません! 俺は……その……」 上級生二人が、俺の次の言葉を微笑をしながら待っている。 「す、すみません! ちょっと失礼します!」 顔を真っ赤にした俺は、全力で駆け出してぶち当たるようにドアを開けると、 廊下を駆け抜け、裏庭の方へと走り込んで行った。 ◆◆間◆◆ 「はぁ………はぁ………」 普段しない運動をしたものだから、肺がぜいぜい言っている。 ちょうど良いところに裏庭用のイスとテーブルが設置してあったので、そこにどっかりと腰を据えた。 なんだ。この状況はいったいどこのエロゲーだ。 いや、俺自身全くエロゲーをやったことがないわけではないので、思い当たるタイトルはいくつかあるが。 「まったく……ハルヒのヤツも変なことばっかり、考えやがって……」 「いや、いいんじゃないですかね。あながち間違った策でもないと思いますよ」 独り言のつもりだったのだが、背後から返答があった。 「どうです。そこのコーヒーですが一杯飲みませんか?」 紙コップを二つ持ってきたのは、いつものうさんくさい笑顔を貼り付けた古泉だった。 俺は無言でカップを受け取って、一口グイと煽る。 「部室では大変だったみたいですね」 「……見てたのか」 「いいえ。しかし、あなたの声は裏庭にも聞こえましたからね。大体予想はつきます」 冷たいコーヒーをもう一口あおり、火照った身体をクールダウンさせていく。 「ハルヒの思いつきも、ここまでくるとちょっとばかり迷惑だな。 さっきお前は間違った策じゃないとか言っていたが、本当にそう思うのか?」 「思いますね」 「何故だ」 「そうですね……簡単な話ですよ」 両手を方の高さに上げて「やれやれ」のジェスチャーをした古泉が話を続ける。 「あなたは今回、潜在的に受けていたストレスによって胃潰瘍になったわけです。 それを完全な形で回復させるには、あなたが何に潜在的ストレスを感じていたのかを特定し、 それが二度とあなたにストレスとならないようにしなければなりません。 専門家でもない我々は、怪しいと思われる可能性を、一つ一つ潰していかねばならないわけですよ」 「………なるほど」 一応、筋は通っているように思える。 「で、その対策の一つが『何でも言うことを聞く』なわけか」 「そうです。あなたは基本的に涼宮さんに行動を制約されていますからね。 一度、あらゆる制約からあなたを開放してみよう、というのが今の涼宮さんの考えだと思われます」 ふむと唸って俺はコーヒーをもう一口飲んだ。 「古泉。お前はハルヒに何か言われたのか?」 「えぇ。『決してあなたには逆らわないように』と申し使っていますよ」 「やっぱりか。まぁ、お前なら特に気兼ねもないからその点は安心だな」 「そうでもありませんよ?」 その時、俺は古泉の目が、普段のニヤけた目とは違う形をしていたのを見ていた。 何か……アマゾンや熱帯雨林の特集をやる動物番組で見たことのある、エサを目の前にした肉食動物の様な目をしている。 「ど、どういうことだ古泉」 「あなたが僕に対して、無意識下でストレスを感じていないとは言えません。 それを確かめるだけです」 明かにおかしな雰囲気を感じ、俺は即座に立ち上がろうとしたが……立てない。 何故か足に力が入らない……なんだこれは? 「古泉……いったいこれは……」 「組織の方から支給された物でして。依存性はありませんし副作用もありません。 ちょっとの間身体に力が入らなくなるだけです」 古泉が一口も口を付けなかったカップを置いて、俺の目前に移動してくる。 「可能性は全て潰しておかねばなりません。 例えば、あなたがわたしに性的な興奮を潜在的に感じていたという可能性も。 これは致し方ないことなのですよ。涼宮さんのため、と思って少々ガマンして頂きましょう」 あのニヤニヤした顔が俺の、目と鼻の先にある。 ヤツの鼻息が俺の顔にかかってきてこそばゆい。 待て。それは明らかに近すぎる距離じゃあないか。 「まさか……古泉、お前まさか………」 「大丈夫。優しくするから身を任せてください、キョンたん」 キモイ! あの古泉がキョンたんなどと言ってくる、この状況が気持ち悪い! それに何だ、何故俺のネクタイをゆるめてシャツの中に手を入れてくるんだ。 やめろそこは違う断じてそんな所にストレスは感じていないズボンの中に手を入れるなちょアッー! 「アナルだけは! アナルだけは!」 思わずそう言って俺は泣いた。 童貞だけど処女じゃない。 そんなアンビバレンツなキャラクターをこれから一生背負っていく自信は、俺にはない。 「やめろ……やめてくれ……」 「そんなに嫌がると燃えちゃいますね。可愛いですよキョンたん」 「ひぃぃぃぃ………誰か………誰か!」 その瞬間、ゲ泉の手がパッと俺から離れた。 俺の可哀想な菊の花も、侵攻から開放されてやっと通常運行になる。 「しくじりましたね。完全に人払いはしたと思いましたが……そちらが干渉してくるとは予想外です」 ゲイは裏庭に植えられた木の下を見つめていた。 そこにいたのは、現生徒会書記であり旧SOS団依頼人だった喜緑さんだ。 両手を後に組んで、一人静かにこちらを見つめていた。 いつの間に現れたんだ! 「なんのつもりですか? 穏健派のTFEI端末が独断で動くとは初めて知りましたよ」 「涼宮ハルヒに急激な変化を起こされては困るの。あなたの趣味で涼宮ハルヒを暴走させて欲しくないだけよ」 そのまま、喜緑さんが何事か……長門の『呪文』のような物を唱えると、 急に俺の萎えていた手足に力が戻ってきた。 手も……もちろん足も動く! 「う、うわぁあぁぁぁぁーーーーーーーーッ!」 「キョ、キョンたん! ぐッ!?」 俺がゲイ野郎を突き飛ばしてその場を飛び退くと、ゲイはそのまま後にぶっ倒れて尻餅をついた。 俺は後も見ずに裏庭からの脱出にかかる。 「これはしてやられました」 「あなたは尻をやるつもりだったのでしょう?」 「つまり、これはそういう意味合いにおいてはあいこ、ということでしょうかね。 僕とあなたはお尻あい、と」 「そうなりますね」 「フフフフ……」 「うふふふ……」 バカのような会話を背後に聞きながら、俺はその場を駆け去っていった。 ◆◆間◆◆ 「はっ………はぁ………はぁ…………」 俺は息も絶え絶えになりながら、商店街を歩いていた。 寒い冬の最中であるのに、商店街まで一気に駆けていた俺の身体は異常な熱を持っている。 今ならきっと頭の上に湯気が見えるぞ。 なにせ、学校から商店街までほぼノンストップで駆けてきたんだからな。 「はぁ……はぁ……………はぁーーーーーーーーーーー……」 大きく溜息。 ハルヒは俺のストレスを開放する、などと言っていたが、開放されてるのは他のヤツばかりじゃないか? 俺自身が解放されている気がちっともしない。 「これは……早急に手を打つ必要があるな。直に発生源を叩く必要があるぞ」 呑気に相手の気が変わるのを待っているわけにはいかない。 普段SOS団の活動で使う喫茶店を前に、俺は携帯電話を取り出した。 ◆◆間◆◆ 「なによ」 「なにじゃない。俺が呼び出した理由くらい、もうわかってるだろ?」 俺は携帯電話でハルヒを呼び出した。 最初はゴネていたハルヒだったが、俺が「言うことを必ず聞くんだろ?」と言った途端、 即座に「わかったわよ」と言ってココまでやって来た。 そして現在、SOS団御用達の喫茶店で、テーブルを挟んでこうして俺とハルヒが向かい合っているわけだ。 「理由って?」 「みんなに言って回ったんだろ。『俺の言うことを何でも聞くように』ってな」 「そうだけど、それがなによ?」 くちびるをアヒルの口みたいに尖らせて、ハルヒは不満げな声を上げる。 「あんたの体調が悪いって言うから、ストレスにならないようにやったことよ。 あたし悪くないもん」 「別にお前が悪いとは言ってない。ただ、そのせいで周りが色々騒がしくてかなわん」 「あたしにどうしろって言うのよ」 「簡単だ。即刻前言撤回すればいい。そうすりゃ丸く収まる」 「嫌よ」 フン、と鼻を鳴らすと、ハルヒは窓の外に目線を投げて言葉を吐き出した。 「絶対嫌」 「………おい、ハルヒ」 「嫌だったら嫌。絶対ヤダ!」 「俺の言うこと聞くんだろ?」 自分で作り出した矛盾にはまったハルヒは、苦り切った顔をして窓の外を見ていた。 恐らく、古泉は今頃組織のバイトが急増して大変なんだろうな。 「ハルヒ。これは俺の命令だ。みんなに言った言葉を撤回するんだ」 「………………」 ハルヒはだんまりを決め込んでいる。 「その代わりだな……」 「………聞こえない! 全然聞こえないわ!」 いきなりそう言うと、ハルヒはガタンとテーブルを蹴る勢いで立ち上がった。 一口も口を付けられていなかったコーヒーがひっくり返り、テーブルに黒いシミが広がっていく。 この騒動に、周囲の目線も一気にコチラを向く。 「待て、落ち着けハルヒ」 「いいわよもう! あたし帰る!」 怒鳴るようにそう言うと、ハルヒは早足にその場を去っていった。 周囲の視線や、こぼれたコーヒーのこともあって俺が一瞬躊躇していると、 ガッシャァーーーーz________ン!! と、隣の席に四輪駆動のごっつい車が突っ込んできた。 「な………」 細かく砕けた窓ガラスが飛び散って、俺の背後を掠めていった。 喫茶店内も悲鳴やわめき声に包まれる。 「ハルヒ……!?」 慌てて入り口の方を見たが、ハルヒは持ち前の駿足でもって駆け去った後のようだった。 まるでタイミングを見計らったような事故っぷりじゃあないか? 俺は呆然とするレジ係を急かして会計を済ませ、急いで外に駆け出す。 ガシャン ギャー ドスンッ ドカ ハルヒを行方は捜すまでもなかった。 まるで道しるべでも作ったかのように、道なりに事故が多発している所がある。 なんだ……あいつはついに世界の崩壊でも願ったのか? その時、ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。 「もしもし、キョンたんですか? 古泉です」 「切るぞ」 「冗談ですよ。それより、涼宮さんの状況がかなり悪いことを理解しているか心配で電話したんです」 「黙れゲ泉。貴様の声を聞くと耳が腐る」 「やはり理解されてなかったようですね。今、その辺りで事故が起こっているはずです」 「そうだが、そうだったとしても貴様は黙して語るな」 「その理由は、おわかりですか?」 「ハルヒが世界の崩壊でも願ったのか? それより他のヤツに代われ。貴様は死ね」 「あの……いいかげん、僕も泣きますよ?」 ゲイの声が軽く泣きそうになっていた。 「よし、死ね。それで事故とハルヒが願ったことと、どういう関係がある」 「……………………」 「言え、さもないと貴様がゲイだと学校中に言いふらして回るぞ」 「涼宮さんは『死にたい』と思ったんですよ。あなたのためにやったことが裏目に出て、更に怒られてしまった。 穴があったら入りたい。恥ずかしい。死んでしまいたいと思った……その結果が、今巻き起こっている事故の嵐です」 「つまり……それに巻き込まれて死んでしまいたい、ってことか」 「あなたなら上手くまとめてくれると思ったんですがね。どうやらそうもいかなかったようで」 「切るぞ。時間がない」 「ところで、今これを教えて上げたわけですから僕の……」 通話を切った。 「余計なこと考えやがって……」 俺は事故の起こった通りを急いで駆けていった。 途中、電柱の後で「死にたい……」とベソベソ泣く茶髪のゲイがいたような気がするが、恐らく気のせいだったのだろう。 ◆◆間◆◆ 転倒、転落、衝突、居眠り運転、うっかり、よそ見、物を落としたり、放り投げたり、火を付けたり、 その他考えられる限りの事故を起こした商店街を駆け抜け、 俺はついに商店街を抜けて住宅街に入ってしまった。 住宅街でも、犬が吠えて駆け抜け、自転車が電信柱に突っ込み、猫がひっくり返り、通り一面阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。 俺は息を切らして足を止め、ここで一つの事実に気が付くわけだ。 「お……追いつかない……」 持久走、短距離走、障害物走でもトップを誇る涼宮ハルヒの駿足に、運動不足の俺が追いつくわけがない。 いつ事故に巻き込まれてケガをするかもわからないこの状況で、ウサギとカメの昔話を実践している場合じゃないんだ。 この状態になったハルヒが居眠りをしてくれるとも限らないし、居眠りの代わりが事故だったら尚更実践できるわけがない。 「ドラ○もんみたいな扱いで悪いが……ここは一つ長門に……」 そう思った時、見計らったようなタイミングで携帯電話が鳴った。 「も、もしもし?」 「涼宮ハルヒの追跡経路をナビゲートする」 長門だった。 「長門か!? どうしてこんなタイミング良く……」 「急がないと間に合わないから」 「そうだな。今はどうこう言っている場合じゃねぇ。じゃないとハルヒが事故にあっちまうからな」 「それだけとも言えない」 「? どういうことだ?」 「見つければわかる」 「で、どうやってハルヒを見つけるんだ」 「あなたと涼宮ハルヒの体内に位置探知用のナノマシンは注入済み。ナビゲートは簡単」 い、いつの間にそんな物を仕込んだんだ。 今日は手首を噛まれた思い出もないぞ。 「あなたには部室で」 部室……あの時のキスはそう言う意味があったのか! 流石長門だ。この時の事を想定して既に手を打ってあるとは。 でも、それならいつもみたいに手首を噛むだけでも良かったんじゃないか? 「進路方向、次の角を左」 無視か。今はそんなことを言っている場合でもないしな。 俺は即座に駆け出して左に曲がった。 ◆◆間◆◆ 「ハルヒ!」 驚いたことに、ハルヒは商店街から住宅街へ出ると、そのまま住宅街をグルリと回って再び商店街へ戻ってきていたらしい。 長門の説明では何だかんだの心理作用がナントカカントカの回帰を起こしたらしいのだが、 ともかく、俺は長門のナビゲートによって、再び商店街へ戻ってきたハルヒの進路方向へ先回りしていた。 「っ!!」 「こら、逃げるんじゃない!」 商店街中程の店の軒下に隠れていた俺は、商店街の大通りに駆け込んできたハルヒの前に奇襲的に登場し、 抱きつくようにして無理矢理ハルヒの足を止めさせた。 聞いたところによると、ハルヒはスピードを微塵も落とさずに走り続けていたらしい。 遠くから声をかけようものなら、あの駿足であっという間に遠くへ逃げられてしまう。 というわけで、俺は商店街の入り口にあった本屋(自転車が突っ込んで片づけで忙しそうだった)で立ち読みをするフリをしていたわけだ。 「放して! 放しなさいよ!」 「放してたまるか! 絶対に放さないからな!」 この寒い中、お互い汗を撒き散らしながら取っ組み合う。 こっちだって命懸けだ。 あいつが呼び寄せていたものが、やっと見えてきたわけだからな。 /´〉,、 | ̄|rヘ l、 ̄ ̄了〈_ノ _/ (^ーヵ L__」L/ ∧ /~7 /) 二コ ,| r三 _」 r--、 (/ /二~|/_/∠/ /__」 _,,,ニコ〈 〈〉 / ̄ 」 /^ヽ、 /〉 ´ (__,,,-ー ~~ ̄ ャー-、フ /´く// `ー-、__,| タンクローリーだ。 『危険物注意』の看板のひっついたガソリン満タンのタンクローリーが、商店街の向こう側に見える。 どうやら妄想は一人事故にあって痛い思いをするというレベルを越えて、周囲を巻き込んで盛大に散るというレベルになったらしい。 こいつをネガティブに暴走させ続けると、どっかの国が打ち落とした人工衛星の破片さえ呼び込みかねんぞ。 「命令だ! 俺の話を聞け! まずはそれからだ!」 「嫌だったんでしょ? だったら命令なんて聞かない! 聞いてやらない!」 ちくしょう、こいつ完全にヘソ曲げてやがる。 しかも本気で暴れるから、いつ振りほどかれるかわかったもんじゃない。 今逃げられたら、後に迫ったタンクローリーにペシャンコにされた上に大爆発だ! 「ハルヒ……いいか、命令だ!」 「嫌よッ!」 「ハルヒ、俺にキスをしろ!」 「いや……何?」 ハルヒがやっと暴れるのを止めて、俺の目を見た。 「お前が俺にキスするんだ」 「な、なんでそんなこと……」 「他の誰も俺の命令を聞かなくてもいい。お前だけに聞いて欲しい」 俺の目線は、ハルヒを真っ直ぐに見ていた……わけではなかった。 実のところはその先に見えるタンクローリーを見ていた。 タンクローリーは、既に、ハルヒの背後百メートルを切った所にあったのだ。 「キョ……バ、バカ! 何言ってんのよ!」 「ハルヒ」 俺はそれだけ言うと、ハルヒの胴に回していた手を解いて、手を顔に添えた。 「バカ……バカキョン………」 タンクローリーはグングンとその距離を縮めていた。 もうハルヒの背後五十メートルの所にあった。 追記すると、ハルヒの目は潤んでいたと思うような気がする。 「お前がするんだぞハルヒ。命令なんだからな」 「………わかったから、目を瞑ってなさいよ」 「丁寧に言ってくれ」 「目を瞑って。おねがい」 タンクローリーはすぐそばに迫っていた気がする。 だが、その後どこでタンクローリーが止まったかまではわからない。 それから数分、俺は目を瞑りっぱなしだったからだ。 ---- 「キョンさ。あたし今日掃除当番だから、先に部室行っててくれる? 後で行くから」 「おう、わかった。掃除サボんなよ」 「サボらないわよ。あんたも活動サボらないでよね」 「おいおい、他に言うことがあるだろ?」 「……楽しみにしているんだからね」 俺はそう言って、ニヤニヤしながら教室を出た。 今のハルヒの一言に、教室中の人間が仰天していたようだ。 谷口は目も口も全開で仰天していたし、あの国木田でさえも目を剥いていたんだからその衝撃の具合もわかるってもんだ。 「きょ、キョンくん?」 「朝比奈さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で?」 教室を出た所で、ドアの脇に立っていた朝比奈さんに気が付いた。 二年生であり、全校生徒の憧れの的でマドンナで天使の朝比奈さんがこんな所にいるのは、確かに不思議と言えば不思議だ。 「うん………あの……キョンくんを待っていたんだけど……」 うん。明日俺の下駄箱にカミソリ入りの呪いの手紙が入っていてもおかしくないセリフだ。 今の俺には微塵も怖くない所だがな。 「あの……これって、本当にキョンくんと涼宮さん?」 そう言って見せられたのは、携帯電話の画面だった。 画面には、タンクローリーの乗り入れられた商店街を背景に、抱き合ってキスしている俺とハルヒの姿が写っている。 「どうしたんですか、これ?」 「あのね、これが学校中にメールで出回っているらしいの。その……『涼宮ハルヒ熱愛発覚!!』って」 「なーんだ、そんなことですか」 俺はアッハッハと笑い飛ばした。 朝比奈さんも、それにつられてエヘヘと笑う。 「そうですよね。怪文章の類ですよね、こんなの」 「いえいえ。ただの事実だから笑ったまでですよ。 な、ハルヒ? 俺達ラブラブだよな?」 朝比奈さんと廊下の生徒達、そしてクラス中が再び仰天するのを感じながら俺は堂々と胸を張った。 「そ、そうだけど、それがなによ……」 「もっと他に言うことがあるだろ?」 「ら……ラブラブよ! あたしはキョンが大好きッ! これでいいでしょ、もうっ!」 ふふ、と俺は笑って肩をすくめた。 「何の問題もありませんよ、本当」
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1617.html
「今度の夏合宿は○○県横泉郷(おうせんごう)にいくわよ!」 ハルヒのこの一言により俺達の夏合宿はめでたくミステリーツアーに 決定された。 ここから電車とバスに揺られること数時間、山奥の閑静な村だそうだ。 避暑にはもってこいかもしれないが最近失踪事件が続いており それ系の業界ではミステリースポットとして有名らしい。 なんでわざわざこういう所を選ぶんだろうね、ホント。 「さあ今回の合宿はみんなで真夏の怪談を体験するわよ!」 そう言って目を輝かせるハルヒと対照的に他のメンバーが 浮かない顔をしているのが少しだけ気になった。 その後も準備やら何やらで色々あったが、あっという間に 時間は過ぎ去り今日はいよいよ合宿当日だ。 因みに旅の手配をした古泉が5人分しか部屋を確保できなかった為 今回の合宿はSOS団の面々のみで行う事になっている。 電車を乗り継ぎ、延々と山道を通ってきたバスを降りると そこは正しく夏と呼ぶに相応しい世界だった。 山奥という事で快適な避暑生活を期待したのが むしろこっちの方が暑いかもしれない。 だがそれさえ我慢すれば本当に閑静な所で雄大な自然の中 都会の喧騒を忘れるのには丁度良さそうだった。 途中ですれ違った村の人やこれから泊まるバンガローの オーナーもおおらかでここの土地柄が良く表れていた。 そんな状況なのだから誰しもせわしない日常を忘れゆったりと 過ごそうとするものだが、ここにそうは思わない心の貧しい奴がいた。 もちろんハルヒである。 「何言ってんのよ。早速噂のミステリースポットに行くわよ!」 やれやれ。そのミステリースポットとやらは俺達の泊まるバンガローから 歩いて1時間くらいの所にあるらしい。途中、村の人にも聞いてみたから 間違いないだろう。 炎天下の中、1時間も歩くのは想像以上にきつかったが 俺達はやがて開けた丘に辿り着いた。 丘の上には樹齢千年を超えていそうな大木がそびえ立ち その周りを等身大の石柱が取り囲んでいる。 大木と石柱は注連縄で結ばれており下向きに尖った三角に×印を 重ねたような模様が随所に描かれていた。 「噂じゃこの御神木にいたずらすると祟りに遭って失踪しちゃうらしいわ。 やっぱりここは定番通り落書きかしらね。」 おいおい、どこの小学生だよ俺達は。 「そうですね、ここはもう少し観察されてみてはいかがでしょうか。」 「いたずらは止めた方が良いと思います。祟りは怖いです。」 投げやりに突っ込んだ俺に古泉と朝比奈さんが同調した。 いつもはハルヒの太鼓持ちなのに珍しいな、古泉。 「もうみんな何言ってるのよ。多少のリスクは覚悟しないとこの世の 不思議になんていつまで経っても遭えないわよ!」 そう言ってハルヒは大木をバシっと叩いた。さして力を入れた様にも 見えなかったし、いくらハルヒが馬鹿力だからってそのリアクションは いかがなものかと思うのだが… 次の瞬間いきなり大地が激しくのたうち俺達は地面に打ち付けられていた。 痛てて… どれくらい動けないでいたのか分からないが俺は痛む体を起こして周りを見る。 みんな転んではいるが無事なようだ。 とりあえず一安心したが、俺はすぐ絶句する事になる。 なんとハルヒが叩いた所から大木が縦に裂け…真っ二つに…割れていたのだ!! どうなってんだ、これ。 「えっ!嘘っ、あたしはちょっとはたいただけで…」 珍しく狼狽するハルヒに古泉がフォローを入れた。 「きっと今の地震のせいでしょう。僕達が来ても来なくても こうなっていたと思いますよ。」 そして古泉は額に手を当てて熟考するような素振りを見せてから付け加えた。 「むしろ僕達はここに来なかった。ここに来る前に地震に遭い宿が心配になって 引き返した。そういう事にした方がいいでしょう。」 おいおい、そこまでしなくてもいいんじゃないか? 「僕達が原因ではないのですし、あなたも村人から要らぬ誤解を 受けたくは無いでしょう?」 「そうね、きっとその方がいいわ。せっかくミステリースポットに来たのに 残念だけど、村に引き返しましょう。」 流石に動揺しているのかハルヒはぎこちなくそう言った。 みんな立ち上がって帰ろうとする中、朝比奈さんがまだヘタリ込んでいた。 大丈夫ですか?と呼びかけたが反応が無い。腰でも抜かしてしまったのかと思い 近寄ると朝比奈さんは目を大きく見開いて何かを呟いていた。 声が小さすぎて聞き取れないが一定の動作を繰り返す唇を必死で追う。 「………チ………、 ………チ……タ、 ……レチ……タ、 ……レチ…ッタ、 …ワレチ…ッタ、 え?… 「 ノ ロ ワ レ チ ャ ッ タ、…」 !!!? 「呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、 呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、呪われちゃった、…」 お、落ち着いて朝比奈さん。今のはたまたま地震が起きただけで 俺達とは無関係ですよ。 俺は彼女をなんとか安心させようとするが朝比奈さんはガクガクと震えながら 声にならない声をただただ繰り返していた。目には涙まで浮かべている。 「ちょっとみくるちゃん、しっかりして!」 ハルヒも駆け寄ってきたが朝比奈さんはまるで気がつかない。 10分くらいは待っただろうか、それでも朝比奈さんの様子は変わらなかった。 「仕方ありませんね、とりあえずあなたと僕で朝比奈さんを支えて戻りましょう。」 「そうね、じゃあキョン、古泉君頼んだわよ。」 もう少し待っても良いだろうにとも思ったが、朝比奈さんが落ち着きそうにないのも 確かなので俺は古泉と共に朝比奈さんを両脇から支えて歩き出した。 結局、朝比奈さんはバンガローに着くまで同じ言葉を繰り返していた。 バンガローの前ではオーナーが俺達の帰りを待ってくれていた。 先程の地震で事故に巻き込まれてないか心配して見に来てくれたらしい。 でも最初は分かったその顔も分かれる時には影に染まってもう識別できなかった。 誰そ彼時とは言うがこんなにも分からなくなるものだろうか。 人間じゃないみたいだ…何故だかわからないが不意にそんな考えが浮かんで消えた。 翌日、昼前にまたオーナーが家で取れたからと野菜を一盛り持ってきてくれた。 ありがたく受け取りお礼を述べる。 「ええよ、ええよ。あんた方はシラハさんなんだからゆっくりしていってーな。」 シラハさん?この地方の方言だろうか? 「ああ、大事なお客さんってところだよ。 それと昨日の地震で崖崩れが起きて、麓への道が埋もれてしまったんよ。 あんた方、明日帰るって言ってたけど3、4日は麓まで行けんみたいなんよ。 もし当てがなければずっとここ使ってええよ。料金も前払いしてもらった分だけで ええから。」 それは有り難い。丁重にお礼を言っておく。 それにしても終始笑みを浮かべて気さくに話してくれているのに その表情は作り物めいていて薄気味悪さを感じてしまうのは何故だろう。 やはり後ろ暗い事があると萎縮してそんな風に感じてしまうのか…? 昨日は流石に大人しかったハルヒだが夜が明けるとすっかり いつものペースに戻っていた。 朝比奈さんは平静を装っていたが時たま黙り込んでは考え事をしている。 確かに昨日の様子は普通じゃなかったしね。 全くハルヒの奴も少しは大人しくなれば良いのに。 だがハルヒの横暴は止まらなかった。その夜はなんと怪談をやろうと 言い出したのだ。おいおい、朝比奈さんの事も考えろよ。 もう少し空気読む事を覚えてくれ。だがハルヒ以上に空気を読めない奴がいた。 「ちょっとここ横泉郷(おうせんごう)について調べてみたんですが 昔は別の名前で呼ばれていた様です。」 古泉だった。勿論ハルヒも興味津々で食いついた。 「へぇ、なんて呼ばれてたの?」 「横泉という字を分解すると、木、黄、泉に分けられます。昔ここは 黄泉山(よもつやま)と呼ばれ恐れられていました。文字通り死者の 住む山と考えられていたようですね。」 「なるほど。でもなんで横泉郷に変わっちゃったの?」 「ある時ここに天の神が降り立ちその身を御神木に変えてこの地を 平定したそうです。以来 木 の神によって平定された 黄泉 という事で 横泉と呼ばれるようになった様ですね。」 「えっ…その御神木ってまさか…」 流石のハルヒも顔を引きつらせる。 「はい、どうやら昨日のあの大木みたいですね。死者の地を平定していた神が 倒れた今この地はどうなってしまうのでしょう…とても興味深いところです。」 アホか。昨日の今日でよくこんな話ができるな。少しは空気を読め。 意外というか幸いだったのはこれを聞いても朝比奈さんが特に怖がらなかった事だが ハルヒといい古泉といいなんとかならんのかね、ホント。 古泉以外にネタを持っている人間が居なかったし、古泉の話で一気に クールダウンした為、怪談はそのままお開きになった。 バンガローには部屋が2つあるだけだったので、俺と古泉、女子3人で それぞれ1部屋という部屋分けになっている。 「あの話を敢えてしたのはあなたと涼宮さんに現状を知って欲しかったからですよ。」 部屋に戻ると古泉はそう切り出した。 おいおい、あの電波話が本当だと言うんじゃないだろうな? だが古泉は何も答えず両手をすくめただけだった。 …何が言いたいんだ、全くわからんぞ。 次の日もハルヒが虫取りをすると言って俺達は山の中を駆け回った。 全くどこからその元気は湧いてくるんだろうね。 夕方、晩飯までのしばしの間、俺はバンガローの窓辺で涼を取っていた。 だが蒸せるような暑さはいかんともし難く、間近に迫った山々から聞こえる セミ達の大合唱に意識は朦朧としていく。 まどろむ内に、どこからともなく子供達の歌が聞こえてきた。 「いたずらな わるいこは しらはのやがたてられる うそをつく わるいこは しらはのやがたてられる あやまらぬ わるいこは しらはのやがたてられる しらは さん しらは さん むらじゅう みんなに おいかけられる てんじんさまの そなえもの」 なんだ?何か引っかかる…しらはさん?この呼び名どこかで… …………………………………… ………………………… ……………… …… !!!!! そうだ、昨日オーナーが来た時確かに俺に向かって シラハさん と言っていた。 でもそれはただのお客って意味だって… なのに村中に追いかけられるってなんだよ!!! 確かにハルヒの奴は大木にいたずらをしようとしてた。 でも実際は何もしないうちに地震で大木は裂けてしまったじゃないか!! 別に俺達が嘘をついたわけじゃない… 謝る必要だって…無い筈だ!!! …いや単なる偶然だろう。昔の呼び名が変わり変わって使われる事だってあるさ。 そうさ、そうに…決まってる! ……… そう考えて何の気なしに、本当に何の気なしに窓の上を見上げて俺は戦慄した!!! そこには…刺さっていた… 装飾にしては余りにもおかしな突起物。 真っ白い羽根がバンガローの壁から生えていた… いや違う!壁に白羽の矢が突き刺さっていたのだ!!しかも2本!!! 慌てて隣のハルヒ達の部屋の壁も見てみる。 そこにもあった… 白羽の矢が… 3本…同じように壁から生えていたのだ!!! 俺は体調が悪いからと晩飯も早々に切り上げて部屋の布団に潜り込んだ。 とにかく今は寝よう。十分休息を取れば考えだってまとまるさ。 だが夢の中でも俺に平穏は訪れなかった… 誰かが呼んでる気がした。この声は………長…門? 「逃げて。」 長門!!?? おかしな話だが夢の中で俺は目覚めた。逃げろってどういう事だ? 「私ではダメだった。あなた達を守りきれなかった。だから…逃げて。」 ダメだったってどういう事だ!? 「もう時間がない…お願い、逃げて。」 おい、どういう事なんだ、長門!!闇に向かって呼びかけるが 長門の存在がどんどん希薄になっていくような錯覚に囚われる。 「また図書館に…」 前にも聞いたこの言葉。そうだ…あの時だって絶望的な状況だった。 だが俺達は無事帰ってきた!!なら…今回だって!!!! だが長門の言葉はこれだけでは終わらなかった。 「… … … …………………………………………いきたかった…」 っ!!!!!!???????!!!!!!! おい、長門。行きたかったってなんだよ!もう次が無いみたいな言い方は!! そんなのお前らしくないぞ!!! 俺は跳ね起きた。寝汗で体中ベトベトだったが今はそんな事はどうでもいい!!! 長門!!!!!無事でいてくれ!!!!俺は一目散に隣の部屋に向かっていた… 長門!!居たらここを開けてくれ!!長門!!! 俺は隣部屋の扉を乱暴に叩きつけながら声を張り上げた。 頼む…無事でいてくれ!! 「うっさいわね、今何時だと思ってんのよ。」 怒鳴り続けているとハルヒが不機嫌そうに答え、扉を開けた。 ハルヒ、長門は無事か!? 俺はすぐさま扉を押しのけハルヒ達の部屋に入る。 「ちょ、勝手に乙女の部屋に入らないでよね!」 緊急事態なんだ。そんなの構ってられるか!! 「ふえぇぇ。」 ズカズカと部屋に入ると朝比奈さんがビックリした表情でタオルケットを 握り締め俺を見上げていた。しかし長門の姿は…何処にも…無い! 「トイレにでも行ってるんでしょ。」 扉には鍵がかかっていたぞ!! 「じゃあ鍵を持っていったんでしょ。誰かさんみたいな変質者が 部屋に入ってくると困るしね。とにかく、寝ぼけるのもいい加減にしてよね。 今度あたしの安眠を妨害したら許さないんだからね!」 そう言うとハルヒは俺を部屋の外に押し出し、有無を言わさず扉を閉めた。 そんな………長門……どこに行っちまったんだ… 扉の前で呆然としているといつの間にか起き出していた古泉が声をかけてきた。 「トイレにも長門さんは居ないみたいですね。随分取り乱されてましたが 何かあったんですか?」 俺は部屋に戻るとさっき見た夢のことを古泉に話した。 「なるほど…単なる夢と片付けてしまうのは簡単ですが出てきた相手が 長門さんだけに気になりますね。たまたま散歩に出かけていた、という オチなら助かるんですが…」 この時間に散歩なんて不自然だろ!!また俺は声を荒らげていた。 「落ち着いて下さい。もし本当に何か起きているなら単独行動は危険です。 この時間に出歩くのもミイラ取りがミイラになりかねません。 それに本当に杞憂である可能性だって残っています。 …ひとまず今夜は休みましょう。」 反論しようと思ったが出来の悪い俺の口はついに言葉を紡ぐ事はなかった。 …俺は力なく布団に横たわる。 「逃げて。」 悲しげにそう言った長門の声がいつまでも頭から離れなかった… 気がつけばいつの間にか夜は明けていた。 結局俺はほとんど眠ることができなかった。 そして…朝になっても長門は戻っていなかった。 流石にハルヒもやばいと思ったのだろう村の人達にも応援を頼み みんなで方々を探し回った。 (俺は村人に得体の知れない何かを感じていたので、正直あまり村人と 接触したくはなかったのが、そうも言ってられない。 あと、長門が行方不明だと分かるやまた朝比奈さんが真っ青な顔で 錯乱状態になった為、朝比奈さんには宿で安静にして貰っている。) 日が落ちて捜索できなくなるギリギリまで俺達は村中を必死に 探し回ったが、ついに長門は見つからなかった。 肉体的疲労もピークに達していたし、何より長門が行方不明だという 現実が俺達をより一層疲労させていた。 仕方なく、重い足取りで俺達は宿に戻った。 俺が部屋に入り今後の事を考えようとした矢先、ハルヒの叫び声が聞こえてきた。 「ちょっとみくるちゃん、何やってんの!やめなさい!!」 俺は慌ててハルヒ達の部屋に飛び込む。 部屋の中を見ると朝比奈さんが壁際に座り込んで何かしていた。 …何を…してるんだ…? 朝比奈さんの方に近寄っていくと耳障りな音が聞こえてきた… カリ、カリ、ガリ、……… カリ、……、カリ、… カリ、カリ、カリ、………、ガリッ、… っ!!!!????!!!! 俺は一瞬自分の目を疑った。 朝比奈さんは…壁際に座り込み…模様を描いていた… 円に内接する上向きに尖った三角の模様…! それを…何個も!何個も!!何個も!!! それこそ壁がその模様で埋め尽くされるくらいにっ!!!! しかも自分の…爪を使って!!!!! 爪はボロボロに欠け…あるいは歪み…指先からは血が滲んでいる!! そしてその血は壁に赤黒く禍々しい陰影を…塗り込めていく!!!!! しかもまた声にならない声をひたすら繰り返して!!!! 「何ボケっとしてるよ!あんた達も手伝いなさい!!!」 ハルヒにそう言われやっと我に返った俺と古泉は 慌てて朝比奈さんの手を取る。朝比奈さん、落ち着いて!! どう言っても朝比奈さんは手を止めなかったので仕方なく両手両足を縛って 大人しくして貰った。これ以上あの白魚みたいな綺麗な手が 傷だらけになっていくのは耐えられないからな。 「なんで…こんな事になっちゃったの…」 「朝比奈さんは繊細な方ですからね。ショッキングな事件が連続で起きて 動転しておられるんでしょう。」 珍しく弱音を吐いたハルヒに古泉がフォローを入れる。 そうだな、朝比奈さんには刺激が強すぎたんだろう。長門が見つかったら すぐにここを引き払った方が良いだろうな。 「そうね、とにかく有希を見つけてできるだけ早く ここを立ち去りましょう。 明日も有希を探さないといけないし、今日はもう寝ましょう…」 そういう訳でその日はみんなすぐ床についた。 昼間の疲れもあって眠りの闇に落ちるのも一瞬だった。 だが、またしても俺に安眠は訪れなかった… 「起きて。」 この声は………… …………長門!!!!???? 俺は跳ね起きた!…勿論夢の中でだが。 「このままでは手遅れになる。早く起きて。」 どういう事だ? 「説明している時間はない。起きて。」 起きろって言われても…と困惑した俺だがどうやらなんとかなったらしい。 不意に俺は意識を取り戻した。 しかし、最初に目に入ったのは天井ではなかった。 ……古……泉…… なんと古泉の顔がすぐ間近に迫っていた。何やってるんだ気色悪……!? 古泉の様子がおかしい…親の仇にでもあったかの様な形相で俺を睨み付けている。 しかも、両手を…俺の首に…かけながら!!!!! は、離せ…!! 声を出そうとするが声にならない…くそっ!どうなってやがる!!! だが幸運の女神はまだ俺を見放していなかった。 「ぐふっ!」 理由はわからんが古泉が一瞬怯んだ。その隙を見逃さず俺は思い切り 古泉を突き飛ばした!! ごほっ、ごほっ… 俺は咳き込みながら立ち上がり電気を付ける。 そこでまた俺は信じられないものを目にした… 古泉は上半身裸だった。しかも胸には下向きに尖った三角に×を重ねた 模様の傷がくっきり刻まれており、今も…血が…流れ落ちている!!!! そこだけじゃない、喉と両手からも血が出ているところを見ると そこも同じようになっているんじゃないか!? 古泉…それ…自分でやったのか……!!!??? その問いに古泉は何かを答えた。だが喉が潰れているのか声にならない… それが分かったのか古泉は一音、一音、区切って口を動かす。 ……ツ……カ……エ…… ツカエ… 使え って言ってるのか? そう聞き返したが古泉は脂汗を浮かべながら懐かしさすら感じる あのニヤケ面で笑っただけだった。そしていつの間にか握っていたそれを 俺に放り投げて渡す。 これは………壁に刺さっていた…白羽の矢!!!??? 俺がそれに気を取られた隙に古泉は窓から飛び出して行った… どうなってんだ…一体…!? 疑問は尽きなかったが昨日も徹夜同然だったし今の事件も想像以上に 俺の気力を奪ったらしい。気が付くと俺は再び眠りの闇に落ちていた… 翌日、俺は目を覚ましてから後悔しまくった。 古泉が素直に逃げずにハルヒ達を襲うという可能性を完全に失念していた! ハルヒ、朝比奈さんどうか…無事で居てくれ!! また俺は隣部屋の扉を叩きつけてハルヒをたたき起こす。 ハルヒは今回も不機嫌だったが2人とも無事でホッと胸を撫で下ろした。 良く考えれば、あの後戻ってこられたら窓は開きっぱなしだったし 俺が一番危なかったんじゃなかろうか…今更ながらゾッとする。 古泉までトチ狂ったとは言いにくかったので 今朝起きると古泉も居なくなっていたとハルヒ達には伝えた。 その日、長門に続き古泉まで失踪したと村人に伝えると村は騒然とした。 俺達は勿論、村の人も昨日以上に人数を集めて2人の捜索に当たる。 …だが結局今日もなんの手掛かりも掴めないまま日が暮れてしまった。 満身創痍で宿に戻った俺とハルヒはそのまま部屋に戻っていた。 連日の疲労で足元がふらついていたんだろう、俺は足をもつれさせて 転んでしまった。 咄嗟にタンスを掴んだのでタンスがずれてしまった。 くそっ!悪態をつきながらタンスを戻そうとして 俺は声にならない声を上げた!!! タンスで隠れていた壁には… 一面に描かれていた…!!! 朝比奈さんが… 描いていた…円と三角のあの模様が…!!!! 壁一面にびっしりと!!!! しかも…ところどころ赤黒く染まっている!!! こっちも爪で血を流しながら描き殴ったに…違いない!!!!! なんだよ!!これっっ!!!!
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2300.html
「涼宮ハルヒ」 SOS団員2号にして読書好きの無口系キャラでこの銀河を統括するなんたらかんたらに作られた宇宙人、という 普通に書き並べても長文になってしまうまこと複雑なプロフィールを持った少女、長門有希が 同じく詳細に語ったりするとそれだけで文庫本1冊ぐらいにはなりそうなこれまた面倒くさいプロフィールを持つ 唯我独尊、傍若無人でSOS団団長の女、涼宮ハルヒに問い掛けたのは、 SOS団員全員が部室に揃っている、特に何も起きていない平和なとある日の事である。 その言葉を聞いた時、俺は「珍しい」と思った。 なんせこいつが自分から意思表明をすることなんか殆ど無いからな。 明日は家を出る前に傘を持っていった方がいいかもしれん。 にしても何を言うつもりなんだろうな。あまりハルヒにヘタな事を言ってほしくはないのだが、 長門がこうやって自主的な意思表明を行うことなど、今ではともかく 初顔合わせの時には考えられなかったからな。邪魔をしたくはないね。 ふと前を見ると古泉の奴も会話の行方が気になっているらしく、 オセロは自分の番である筈だが手を止めている。時間稼ぎしたところで戦局は火を見るより明らかだぜ。 まあいい、俺もハルヒと長門の会話の行方が気になるところだからな。 朝比奈さんもそうであるらしく、マフラーを編みながら、ちらちらと二人の方を伺っている。 うーんこの人の行動は本当和むね。 「なに、有希?」 微笑を浮かべたハルヒが答える。普段の俺の話もそれくらいの態度で聞いてくれないものかね。 話は変わるが、ハルヒは最近前にも増して長門の事を気遣っている。 雪山で長門がぶっ倒れた時から特にだ。 無理も無い気はするけどな。長門がどっか行くかも知れないという事も言ったし。勿論その時に黙って見てる気なんてないが。 どうもハルヒは団員の事情や健康に敏感な性質である。 映画の時に調子こいたりもしたが、基本的にこいつは団員の事を無下にする事はない。 朝比奈さんに対するイタズラは、お姉さんに対する甘え、みたいなもんだろ。多分。 …ホント、俺の事も少しは気遣ってくれないもんかね? で、長門にそんなハルヒの事を言ってみたところ、長門は 「そう」 と言っただけだった。わかってるのかねあいつは。 そんな事を考えていた時に長門が口を開いた。 「前から実行したい事があった」 前から実行したい事?なんだそりゃ長門、そんなのは初耳だぞ俺は。 って別に俺に言う意味なんぞ小学生の時に作った俺の自由工作の価値ほどもないか。 「あなたを」 あなたを?う、いかん。嫌な事を思い出してしまった。 まさか「あなたを殺して涼宮ハルヒの出方を見る」とか言わないだろうな。いや出方見れないかそれじゃ。 「これから“団長”と呼称したい。許可を」 ………………………今なんつった長門? 見ると、古泉は笑顔のまま目を見開いて驚くという芸当をやって見せ、 朝比奈さんは口を開けてほえーとか言ってらっしゃる。 そして言われたハルヒは、まるで洞窟に閉じ込められて必死で穴を掘ったところ光が見えたような表情と 目の前で大魔神が海を割き現れたのを見たような表情が混ざってよく分からないことになっていた。 いやこいつの場合大魔神が現れたら狂喜乱舞か? ちなみに長門が無表情であることは言うまでも無い。 「ゆ…有希?どうしたの急に?」 突然の提案にハルヒは困惑しながら長門に問い掛ける。 「返答を」 長門はその問いには答えずハルヒの返事を待った。 「えー、ああ、その、うん」 なにがうんなのだろう。ハルヒはいつもの態度からは考えられないしどろもどろなレアな顔をしている。 あーとカメラはどこにやったっけ? 「だめ?」 長門が少し、ほんの少しだけ表情に不安な色を浮かべた。 ハルヒもそれを察知したのか、慌てて手を前に出してブンブン振って否定する。 「あ!いや、違う、違うのよ有希!なんで急にそんな事言いだしたのかちょっと気になったっていうかね!だから気にしないで!」 長門はそれを聞いてなるほどといった風に話し出した。 「あなたは冬の合宿の際、倒れたわたしの看病をわたしが就寝するまで行った。 しかしわたしはその時は通常はそうするものなのだと認識していた。 だが実際の統計上、あなたの行った看病は明らかに平均のレベルを逸脱しており、 単なる義務行為以外に重大な理由がある事を推測させた。 だがわたしにはそれがなんであるかまではその時は正確に掴めなかった。 あなたが時折わたしの方を確認している事も知っていた。 それは「心配」という感情に似たものを感じさせたが、 わたしがあなたに心配される理由があるとは思っていなかった。 だが彼があなたがわたしの事を心配しているのだと教えてくれた。 あなたがわたしを友人だと思っていてくれている事も。 友人関係に当たる者はお互いの事をフルネームでなく名前単独や渾名やそれと分かる特別な名称で呼ぶ。 故にわたしはあなたの事を“団長”と呼びたい。許」 許可を。と言いたかったんだろうな。しかしその言葉が発される事はなかった。 なぜかって?見りゃ分かるだろ。ハルヒが長門を鯖折りでもしてんのかというぐらいに強く抱きしめてやがるからだよ。 抱きしめられる長門の顔を見ながら俺は思った。 …長門は、もしかしたら、いやもしかしなくとも、ハルヒのやつに罪悪感を感じていたんじゃないのか、と。 おかしくなって、世界を変えちまったことに対して。 なあ長門、別に気に病むことはないんだぜ、結果的に皆元に戻ったじゃないか。 それに、俺はあの世界で認識したんだよ、この日常の大切さを。 あの事件が無きゃ俺はこの思いを認めないまま過ごしていただろう。だから、だから長門。 …そんな泣きそうな顔しないでくれよ。 やがてハルヒは長門を抱きしめるのをやめて、長門の肩に手を置き、言った。 「大丈夫よ有希。有希がどっかに行っちゃうなんてあたしは絶対許さない。何があっても守ってあげる。 だからなにかあったらあたしに絶対言いなさい、…あたしはSOS団団長で、あんたの友達なんだから」 少しだけ目を見開く長門。全く今日はレアなシーンばかり見れるな。 ハルヒは、長門の肩を左手で抱き寄せて、右手で握り拳を作り、正面を向いて仁王立ちしながらこう言った。 「ううん、有希だけじゃない。みくるちゃんも、古泉君も、ついでにキョンも、 全員SOS団の仲間なんだから。みんな何か困った事になったら遠慮なくあたしに言いなさい。 何が来ようとも全部ぶっ飛ばしてやるんだから!!」 お前に本気でぶっ飛ばされたら、多分相手は地球の引力を振り切って二度と落ちて来ないぞ。 「分かった!?みくるちゃん!」 「は、はいっ!」 いきなり自分に声が向けられて思わずビクッとする朝比奈さん。が、 その顔は神話の全神々が出て来ても一蹴しそうな優美な微笑みだ。 「古泉君!」 「肝に銘じておきます」 いつも通りに見えるスマイルで答える古泉。 しかし若干柔らかめだ。 まあ実際はこいつの行動で俺達が困った事になり解決しているのだが。 それにこいつに全てを言うとそれこそ世界は崩壊の危機なのだが。 だがまあ、 「…キョン!分かった!?」 「…分かったよ」 …そんな事よりも、こいつがちゃんと俺らの事を考えててくれたって方がよっぽど重要だろ? 最後にハルヒは、もう一回長門と向き合って、言った。 「…わかった?有希」 「………わかった、団長。ありがとう」 その言葉を聞いた途端、ハルヒはもう一回長門を抱きしめた。 そんな傍から見たら異様な光景は俺からは何故だかとても微笑ましく見えた。 長門。心配なんかしなくてもいいさ。 無敵のSOS団は全員おまえの味方だからよ。 ハルヒ、何も一人で背負い込まなくたっていいぞ。 お前に荷物持たされる準備なら、俺はいつでもOKだぜ? 終わり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1160.html
今日も寒い日だった。 いつものようにハイキングコースを登ってると これもいつものように谷口が声をかけてきた。 「よっ!キョン!おはよう!」 こんな糞寒いのに元気な奴だ。 その元気を8割くらい分けて欲しいもんだね。 教室につくと俺は即座に自分の席に座る。 窓側の日差しが入ってくる、冬が苦手な俺にとってはまさに特等席だ。 ちなみに一番後ろの席だ。 ハルヒはもう俺の後ろにはいない。 今は2月下旬、暦の上では春なのだが、まだまだ寒い日が続いていた。 ちなみに俺は今、高校2年生だ。 俺と谷口は、なんとかギリギリ2年生に進級することが出来た。 1年の頃はSOS団なる意味不明な団体活動に精を出してたから 勉強をする気力をすべてそっちに持っていかれていたが、今年は進級について悩むことは無さそうだ。 なぜならSOS団はもう活動をしていないからである。 自分の席で太陽の日差しを浴びて、あまりの気持ちよさで深い眠りに入りそうなとき、 女子数人が大声で喋りながら入ってきた。 そのおかげで俺は目を覚ました。 その女子のグループは2年生になってから同じクラスになった女子2名と 去年から同じクラスだった女子3名から成り立っていた。 その3人の中の1人は涼宮ハルヒだった。 去年まではクラスで孤立していた涼宮ハルヒも 今年はクラスの女子と仲良くやっていた。 変な趣味を除けば、 美人で頭が良くてスポーツ万能で、思いやりのある明るい女だ。 そして2年生になってから友達が出来たということは 変な趣味を捨てたということだ。 ハルヒは何も言わず俺の横の席に着き、鞄から出した教科書を机にしまっている。 俺も何も言わず、チャイムがなるまで日差しを浴びながら先生が来るのを待った。 3時間目の数学の授業が始まる直前のことである。 ハルヒは机の中を熱心に覗き込んでいた。 「あっれ~おかしいな~、確かに鞄に入れたんだけどな」 どうやらハルヒは数学の教科書を忘れてしまったらしい。 俺は何も気にすることなく座っていた。 ハルヒは右側の席の奴に 「ねえ、教科書忘れちゃったから一緒に見てもいい?」 という会話をしていた。 俺たちはもう赤の他人のような状態だった。 今日から短縮授業である。 何故なら3年生はもうじき卒業で、 教師達は就職の手続きや大学受験の補習などで大忙しのためである。 言うまでも無いが、朝比奈さんは何事も無く3年生に進級した。 そして何事も無くこの学校を卒業をする。 そういえば朝比奈さんは大学へ行くのだろうか? それとも就職するのだろうか? いや、これからは今以上に涼宮ハルヒの観察に従事するのだろうか? そんなことを考えてるうちに終業を知らせるチャイムが鳴り 1年生と2年生は帰宅の時間となった。 しかし部活動をしている連中は昼飯を食った後、部活動をすることになる。 俺は谷口と国木田の3人で、ハルヒは女子数人、 古泉は自分のクラスの連中と家に帰宅する。 ちなみに長門は1人で家に帰る。 長門はもう文芸部の活動をやめていた。 おそらく途中でコンビニに寄り夕食を買ってから帰るのだろう。 俺たちと違って、学校内にも家に帰っても親しい人間がいない長門は このところずっと1人きりで生きてきたのだろうたぶん。 家に帰った俺はあることを思い出す。 「しまった・・・今日からは昼飯はコンビニやら弁当屋で買うんだった・・」 この寒い中、また外へ出るのも億劫だったが 1時間したくらいに俺の腹は限界を迎え、結局コンビニへ弁当を買うことにした。 家から出て1分ほどしたところで電柱の陰から男が飛び出してきた。 「こんにちは、お久しぶりです」 古泉だった。 「なにやってんだよお前、こんな糞寒い中、俺を待ってったのか? それともハルヒ関連のことか?」 久しぶりの古泉との会話だ。 「そうです。涼宮さん関連の話です」 「なんだよ、最近めっきり事件が発生しないと思ったら・・」 「あなたは最近の涼宮さんを見てどう思いますか? とても幸せそうな学校生活を送ってるように見えますよね? しかも成績優秀でスポーツ万能、まさに何も悩みがありません」 「何が言いたいんだよ、遠まわしに言わないで用件だけをさっさと言え。 長門や朝比奈さんは呼ぶのか?そうだ、昼飯を食ってからにしてくれ」 古泉はあの懐かしい微笑をしながら俺に告げた。 「いえ、事件ではありません。」 「なら何なんだよ」 早くしてくれ。俺は腹が減ってるんだ。 「何も無い。それだけです。涼宮さんが常識的な思想を持ち、幸せな生活を送り そしてそれに伴いあの神人の出現も無くなりました。用件はそれだけです」 「そうか、よかったな」 「我々、機関の努力の成果ですね。実はこうなるように我々は3年前から計画を立てていたのです」 まだ話が続くのか。 「涼宮さんが普通の人間として人生を歩むように仕込んだのです。 野球大会や夏の合宿、冬の合宿なども、そのための我々の計画だったのです。 未確認生物を探し回るよりも、友達と普通に遊ぶ方が楽しいという考えを植えつけるためのね」 なるほど。 古泉の所属している機関の努力おかげで ハルヒは非現実的なことを考えることは無くなり 今では普通の学生として普通の人生を送っている。 そしてSOS団なんていう変な団体の活動もしない。 子供の頃に作って遊んだ秘密基地のように、時がたてば忘れる。 SOS団もどうやら秘密基地と同じような物だったんだろう。 古泉と別れの挨拶をした後、俺はコンビニへ向かって走った。 「早くしないと唐揚げ弁当が売り切れちまう」 唐揚げ弁当は無かった。 「古泉の野郎め」 しかたなく俺は梅おにぎりを買うことにした。 しかも3つも。 せめていろんな種類があればよかったのだが、不運なことにこれしか残ってなかった。 明日は忘れずに学校帰りに買おう。 そしてコンビニを出た直後、俺はあることを思い出した。 長門はどうなるんだ。 俺たちと違って長門は1人だ。 機関とやらのせいで長門は昔のように1人の生活に戻ってしまった。 いや違う。何を考えてるんだ俺は。 俺にも責任があるだろうが。 SOS団がなくなったら長門は1人になるなんて分かってたことじゃないか。 なぜ気づかなかったんだ。 俺は長門のマンションへと走った。 SOS団はなくなっちまったけど昼飯くらいは一緒に食おうぜ。 3年生になってからは俺たちと一緒に弁当を食おうぜ。 きっと谷口も国木田も大歓迎だぜ。 玄関のインターホンで長門の部屋のボタンを押した。 …反応なし。 もしかしたら昼寝、、な分けないか。 マンションがダメなら思い当たる場所はあそこしかない。 そう、文芸部室だ。 俺はコンビニの袋を抱えたまま学校へと走った。 文芸部室の扉の前に到着した俺は30秒ほど 息を整えてからドアをノックした。 「・・・・入って」 長門の声だ。 「長門、久しぶりだな。じつは一緒に昼飯を食べようと思って」 「・・・・」 長門は俺の言葉を無視して、本を読んだままだった。 「ひょっとしてもう食い終わったのか?」 「・・・・」 無言。 しかたなく俺は1人で梅おにぎりを食うことにした。 食い終わった後、1人でオセロをやった。 長門を誘ってみたがまた無言だった。 1人オセロを始めて30分程度が過ぎた頃、 なにやら小さな泣き声が聞こえてきた。 その声の主は長門だった。 「どうしたんだよ長門!腹でも痛いのか!」 急いで長門のそばに駆け寄る。 「私・・これからずっと1人だと思ってたのに・・あなたが来てくれたから・・」 長門は俺に抱きつき、そのまま夕方まで泣き続けた。 よほど1人は寂しかったんだろうな・・・ 冬の日没は早く、俺たちが学校を出た頃には既に 街灯がともっているくらい暗くなっていた。 俺たちは凍えるような冬の空の下を並んで歩いた。 こうして長門と2人きりで歩くのも久しぶりだな。 「なぁ長門。SOS団のこと好きか?」 「・・好き」 「また皆で一緒に街中を探検したりしたいか?」 「・・したい」 「また朝比奈さんのお茶を飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「また合宿とかに行きたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 「SOS団を復活させようぜ」 家に帰った俺はさっそく元SOS団のメンバーに電話をかけた。 まずは朝比奈さんからだ。 この人ならなんでもOKしてくれそうな気がする。 「あ、キョン君、お久しぶりです~。え?SOS団? あと数日だけですがいいですよぉ」 あっさりとOKを貰った。 問題はここからだ。ハルヒと古泉。 ハルヒは今では普通の思想を持った普通の女子高生だ。 もしSOS団を復活させたいと言っても断られる可能性が高い。 俺の小学生時代の友達に「また秘密基地を作ろうぜ」と言っているのに等しい。 古泉もむずかしい。 基本的にイエスマンの古泉だがSOS団となると話は別だ。 なんせSOS団を解散に追い込んだのは古泉の所属する組織だからな。 数分迷った挙句、俺は古泉に電話をした。 「もしもし、ああ、今日の話の続きを聞きたいのでしょうか? え?SOS団を復活させたい、ちょっと待ってください。 僕的には何の問題もありません。僕自身、SOS団のことは大好きでした。 しかしまず機関の意向を聞かなければなりません。ちょっと待ってください」 そういうと古泉はどうやら別の携帯電話で機関とやらに電話をし始めた。 なにかボソボソと会話した後、 「もしもし、お待たせしました。1日だけならという条件ならいいとの事でした。 何か必要な物があったら僕に言ってください。はい、では」 残るはハルヒか・・・ 俺は最後の難関、ハルヒに電話をした。 「なに」 よかった。 ハルヒと会話をするのは半年振りだから 居留守を使われたりするかと思ってたからだ。 俺はいきさつを説明した。 「なんで今更SOS団なのよ。有希が望んでるから? 知らないわよそんなの」 昔はSOS団の活動を断ったら死刑にするとまで言っていた ハルヒだが、今ではこうなっていることに俺は胸が痛くなった。 そして団員を命を賭けてでも守ると言っていたのに、 知らないわよ、の一言で片付けてしまったを俺は本当に悲しいと思った。 「ねぇキョン、私達はもう高校2年生なの。 4月からは3年生なのよ。もうそんな幼稚なことやってられないわよ。 復活させるのは自由だけど私は参加しないわよ。 今は短縮授業だから毎日学校帰りに友達と一緒に喫茶店でお昼を食べることにしてるの」 とにかく明後日の放課後に文芸部室に集合な、 と言って俺はハルヒが反論をする前に電話を切った。 次の日、学校帰りに古泉を捕まえて明日の活動に必要な物を告げた。 そしてSOS団復活の日である。 俺は文芸部室のドアをノックした。 そして朝比奈さんの「はぁ~い」という返事を聞き、俺は部室に入った。 朝比奈さんはあのメイドの衣装を着ていた。 そして既に長門と古泉の姿があった。 古泉の用意した野菜を朝比奈さんが切り、 これまた古泉の用意した鍋の中に入れていった。 昨日俺が古泉に注文したのは、鍋とその具だった。 朝比奈さんは「もうすぐお別れですね・・・」 等の卒業生らしい会話を始めた。 朝比奈さんは泣いていた。 俺は朝比奈さんに 「卒業してもまた会えるじゃないですか」 しかし朝比奈さんは泣き止まない。 そうか・・・ 暗い雰囲気の中、俺たち4人は鍋を囲んで具が煮えるのを待っていた。 そしてバタン!と勢いよくドアが開かれた。 と同時に 「やっほー!!ひっさしぶりー!」 やれやれ、心臓が止まるかと思ったぜ。 振り向いたそこに立っていたのは鶴屋さんだった。 「よっ!キョン君、ひさしぶりー! 有希ちゃんも古泉君もひさしぶりー!」 鶴屋さん、ありがとうございます。 おかげで重い空気が吹っ飛びましたよ。 「あの、私が呼んだんです」 朝比奈さんが言った。 SOS団準メンバーを加え5人になった俺たちは 再び具が煮えるのを待った。 「やっぱパーティーと言えば裸踊りだよね~。 みくるっ!脱いで!」 朝比奈さんは脱ぎ始めた。 「あの、、キョン君、、これでお別れだからサービスです」 「よーし、あたしも脱ごうかな~!」 鶴屋さんも脱ぎ始めた。 古泉は苦笑していた。 「いいんですか?鍋がバレただけなら停学で済みますが、 裸にもなると卒業すら出来なくなってしまいますよ?」 「大丈夫だって!ほら古泉君も脱いじゃえ!」 鶴屋さんは古泉のベルトを外し、ズボンを下げ、パンツを下げた。 さっきの苦笑はなんだったんだ。 体の方は大喜びしてるじゃねえか。 改めて俺は古泉に対して人間不信になった。 朝比奈さんと鶴屋さん、古泉が裸になっていた。 俺は深い溜息をついた。 「やれやれ、俺も脱がなきゃいけないじゃないか」 そして長門以外の4人が裸になった。 「ほら有希ちゃんも脱いじゃえ!」 「・・・・」 長門は脱がなかった。 「こうなれば実力行使しかありませんね。 鶴屋さん、力を貸してください。一緒に長門さんを裸にしましょう」 そして古泉と鶴屋さんは長門を全裸にしようとした。 しかし長門の不思議な力によって、古泉と鶴屋さんは窓の外に飛んでいってしまった。 そしてゆっくりと地面に着陸した。 その光景は、まさにアダムとイブのようであった。 ピピピ・・・ピピピ・・・ 俺はベッドの中にいた。 「なんだ、、夢か・・・」 ここからが正真正銘のSOS団復活の日である。 いつもより早く登校した俺は誰もいない坂道を登り 誰もいない廊下を歩き、教室に到着した。 ハルヒがいた。 最近は女子の友達と集団登校するのが習慣だったのだが、 何故か今日は1人で登校していた。しかもこんな早い時間に。 「よお、早いじゃないか」 俺はSOS団の話をするよりも日常会話を選んだ。 「うん、なんか目が早く覚めちゃって」 「実は俺もそうなんだよ。昨日変な夢見ちゃってさ、文芸部室での夢さ」 そしてSOS団の会話が始まった。 「SOS団をやめる気なんて無かったのよ」 「じゃあなんでやめたんだ?」 「普通の女子高生をやってみたかったの。 正直、罪悪感はあるわ。私が立ち上げた団体だもの。 でもある日、クラスの女子に誘われたわけ。一緒に帰らないかって。 その子は私がSOS団をやってることを知らなかったの。 本当は知ってたのかもしれないけど、とりあえず誘われたの。 最初は一日程度SOS団を休むくらいいいか、って気持ちだったの。 その子は私と普通に接してくれたわ。私がSOS団をやってることを知ってる子って だいたい腫れ物を触るような態度で私に話しかけるでしょ? でも彼女は違った」 それは古泉の組織が用意した人間なのか、 それとも本当にSOS団を知らなくて、本当にハルヒと仲良くなりたいと思って近づいたのか・・・ どっちにしてもハルヒがその子が原因でSOS団をやめたのは確かである。 「その子と一緒に帰るようになってから他のことも仲良くなっていったの。 それで私、SOS団の団長をやってることを隠そうと思ったの。 だってバレたらなんか嫌だったから・・・」 「お前はSOS団と、その友達とどっちが大切なんだ? いや、言わなくてもいい。結果を見れば分かる。 でも今日だけはSOS団の団長に戻って欲しいんだ。」 「本当に今日だけよ?」 「ああ」 そして放課後、俺とハルヒは文芸部室へ向かった。 鍋は既に出来上がっていた。 長門と古泉は無言のまま席についていた。 朝比奈さんは俺とハルヒのためにお茶をいれていた。 ものすごく空気が重かった。 いつもならハルヒは元気過ぎるくらいだったのだが、 今日は無言のまま下を向いていた。 自分がSOS団を裏切ったことに負い目を感じているのだろうか。 他の団員が話しかけても生返事をするだけだった。 そして余計に空気が重くなっていった。 「あ、あのぉ、キャベツ煮えてますよ」 「・・・うん」 こんな感じだ。 いつもならハルヒと同様、食欲旺盛の長門も今日はあまり食が進んでいない。 俺は古泉にアイコンタクトを送った。 「どうにかしろ古泉」 「いや~こうやって皆で集まるなんて久しぶりですね」 その後が続かない。 いつもハルヒが1人で勝手に盛り上げてたけど、 そのハルヒは長門と同じくらい無口になっている。 鶴屋さんを呼べばよかったな。 あのお方ならどんな状況であれ、なんとかしてくれる。 そんなことを考えていたとき、長門が急に立ち上がった。 そして服を脱ぎ、全裸になった。 そしてハルヒは言った。 「これだからSOS団なんて嫌なのよ!ただの乱交パーティーの会じゃない!」 そしてハルヒは部室から出て行った。 古泉が口を開いた。 「よくやりました、長門さん」 朝比奈さんも 「やっぱ長門さんならなんとかしてくれると思ってましたぁ」 なんだこの展開は。 「実はねキョン君、私達は涼宮ハルヒを普通の人間にするための組織だったの」 これは朝比奈さんの言葉ではない。 長門の言葉だ。 「あの無口な性格もぜんぶ演技だったの。 恐らく涼宮ハルヒはそのことに気づいてたんだと思うの。だからSOS団をやめたの」 なるほど。 「僕や朝比奈さんの使命も終わりました。これでもうあなたと会うことも無いでしょう」 「キョン君、あの、、利用してごめんなさい。でも、、もう会うことも無いから忘れてね」 そして二人はそのまま部室から出て行った。 鍋はどうするんだ。 部室には俺と長門の2人しかいない。 「長門、じゃあ一昨日の涙も嘘だったのか?」 「違うの。あの涙は本当よ。私、あなたのことが好きなの」 「なんだって?」 「好きなの」 「なぁ長門。本当に俺のこと好きか?」 「・・好き」 「セクロスしたりしたいか?」 「・・したい」 「俺のザーメンをを飲みたいか?」 「・・飲みたい」 「気持ちよくなって天国へいきたいか?」 「・・いきたい」 「なぁ、俺にいい考えがあるんだけど言っていいか?」 「・・言っていい」 付き合おうぜ 俺は情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 長門も人間の体を捨てて情報統合思念体になった。 宇宙を彷徨っている。 ハルヒとかどうでもいい。 地球とかどうでもいい。 もう疲れた。 寝るよ、長門。 そして2人はどこかへ行きました。 おしまい
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4025.html
『涼宮ハルヒの進路』 3月。鶴屋さんと朝比奈さんはそろって卒業し、鶴屋さんは地元の大学へ合格した。 朝比奈さんは・・・試験当日、高熱を出して文字通り昏倒し、結果、一年を棒にふった。 おかげでというか、卒業後も文芸部室のマスコットを継続していただけることになった。 予備校とか、いいんですか?と控えめに聞いた俺に対し朝比奈さんは泣きそうな声で 「私は! 試験に落ちたんじゃないですから!」 と叫んだ後なにやら呪うようにつぶやいていた ウケテサエイレバ ウケテサエイレバ ウケテサエイレバ 聞かなかったことにしよう 4月がきて、俺たちは最上級生へと進級した。このままいけば来年で卒業であり 本格的に進路を考えざるを得ない状況に追い込まれたわけだ。 職員室の岡部のところまで日誌を届けに行くと、先客がいた。ハルヒだ。 聞くともなく聞いた内容によると、ハルヒは進路調査を白紙で出したらしい。 「どうしたんだハルヒ。お前の成績ならどこでもすきなとこ選べるだろ」 「うっさい、余計なお世話よ。だいたいアンタ、他人の心配してる余裕あんの?」 とりつくシマもない 受験生となっても団活に休みはない。 新年度最初の不思議探索。くじ引きは古泉と二人組みになり、このところ閉鎖空間が頻発していると聞かされる。 なぜだ?進路希望を白紙で出したりするからには悩んではいるのだろうが、閉鎖空間を創るほどのことだろうか? それとも、進路とは関係ないのか?理由がわからない。 掃除当番を終え、いつもの文芸部室にやったきた俺を迎えたのは卒業後も律儀にメイド服に着替えている朝比奈さんと、 いつものように本を開いている長門、そしてマウスをぐりぐり動かしているハルヒだった。 てっきり俺が最後だとおもったが 「9組はホームルームが長引いてるみたい。どうせ進路がらみでしょ。アンタ…進路は考えてるの?」 「んー・・・そうだな。私立に行く金も県外に出る金もないし、地元の国立がベストだな」 「そんなの奨学金とればいいだけじゃない。ちゃんとやりたいことのできるとこ選ばないとダメよ!」 珍しいこともあるもんだ。ハルヒがまともなことを言っている。 じゃぁベストは模索中ってことで、いまんとこ地元国立だ。 「へぇ…偶然ね」 ハルヒがつぶやいた。パソコンのモニターで顔は見えない。 なんと、ハルヒも同じ進路らしい。偶然だと信じたい。 それにしてもアンタ、国立志望できるほど成績よかったっけ? 安全圏には程遠いな。家庭教師をしてくれるって、前に言ってたよな? あったり前よ!SOS団団員が浪人したなんていったら団長の恥よっ! 東大でもケンブリッジでもオックスフォードでもMITでも、トップ合格できるくらい叩き込んであげるわ! 頼りにしてるぞ。 久しぶりな気がする、100Wのハルヒの笑顔だった。 ふふん。覚悟しなさい? ところで、朝比奈さんがうつろな目をして何かつぶやいてるぞ。 ワタシハローニンジャナイ ローニンジャナイ ローニンジャナイ 聞かなかったことにしよう それから毎日、団活後はハルヒが家まで押しかけてきて家庭教師をしてくれるようになった。 数日後、古泉から閉鎖空間の発生が嘘のように落ち着いたと聞かされる。 はて、俺は何もしていないぞ。 礼を言うな。気持ち悪い。 土曜はもちろん不思議探索があった。 探索後、ハルヒは我が家で家庭教師をしてくれている。 明日の日曜は丸々朝から家庭教師をしてくれることになった。 自分の勉強は大丈夫なのか あたしの頭脳をもってすればNASAだって余裕よ! NASAは大学じゃないような気がするが 飲み干したコップやらを台所に返しにきたら ハルヒさんに夕飯食べていってくださいって伝えてね 現物支給か? と俺を頭のてっぺんから足元までしげしげと眺めた後、 現物支給で受け取ってもらえるくらい高い子だったら、母さん苦労しないわよ ため息交じりでのたまった。どういう意味ですかお母様。 日曜日、妹 ハルヒタッグの襲撃により起床を余儀なくされ 文字通り あさめし前 の課題を消化していると玄関のチャイムが鳴った 今日は朝から客の多い日だと思いつつ、出された問題と格闘していると パタパタとスリッパの音が近づいてきて、ノックが響いた。 どうぞー 誰の部屋だ うっさい。問題に集中しなさい。それ終わるまで朝ごはんはおあずけよ! おじゃまします 入ってきた人物を見て、ハルヒがぽかんとしている。 俺も驚いた。なぜ佐々木が? 橘さんの強い勧めでね 『佐々木さんも勉強会に参加するべきですっ!』 ってうるさいのよ。 どこで二人の勉強会のことを知ったのやら あたしとしてはあまり気が進まないんだけど、橘さんがしつこくって。 二人の睦言を邪魔しても悪いし、顔を出したけど断られたといえば彼女も納得するでしょう。 じゃ、あたしは帰るわね。 ドアを閉めようとする佐々木をハルヒが呼び止めた ちょっと待って! そうね、確かに一人じゃ面倒見切れないかもしれないわ。 佐々木さんが手伝ってくれるなら私も助かるわ。 おいおいおいおい そう?なら、あたしも協力させてもらっていいのかしら。 えぇ。よろしくお願いするわ。 ちょっと待てハルヒ 佐々木もなぜ女言葉で話してる。 部屋の主は俺だ。当然、話しかけるべきは俺で、話し言葉は男言葉ではないのか というか、ハルヒが断れないように挑発しただろう。睦言なんぞとは無縁だぞ と、いうわけだ、キョン。 東大でもケンブリッジでもオックスフォードでもMITでも、トップ合格できるくらい叩き込んであげよう。 覚悟したまえ。 そこで男言葉か。 …………4月とはいえまだ肌寒い陽気だというのに、汗がつたう。 ここは俺の部屋だというのに、なぜこんなにも居心地が悪いのだろう ふとみると、時計は21 30を回っていた。もうこんな時間か。 今日はこの辺にしないか? 今日はいろいろな意味で疲れた そうね 佐々木と二人頷きあい、ハルヒが宣言した 今日はここまでにしましょう 二人を送るために自転車を引っ張り出した。乗っていくためではなく、荷物運搬用だ。 うぉ?おい、佐々木、やらく重たくないかおまえのカバン?何が入ってるんだ。 女性の持ち物を詮索するものではないよ、キョン。 そうよ。まったくデリカシーに欠けるんだから お前の口から『デリカシー』なんて単語が出るとは驚きだ なんか言った? なんも しかしこの重い荷物をかかえて駅から家まで?誰か駅まで迎えに来るとか? 歩いて帰るつもりだよ。たいした距離でもないしね。 わかった。佐々木は家まで送ってやる。 ハルヒは駅まででいいか? ………… ハルヒ? いいわよ送ってもらわなくても ハルヒは自分の荷物をひったくるように言い 駆け出して行ってしまった 翌日の月曜日、教室に入るとハルヒが机に突っ伏していた 体調でも悪いのか? 別に なぁ、昨日は何でいきなり帰ったりしたんだ? どうでもいいでしょ ほら岡部来たわよ。さっさと前向きなさい ハルヒは一日中ダウナーモード全開でおとなしく、 シャーペンで背中をつつかれることは一度もなかった 放課後、文芸部室にハルヒはいなかった 今日はおやすみだそうですぅ お休みなのにお茶を淹れてくれるってことは、何かあるんですね? ハルヒに聞かれては困るような。 えぇと、私にはないんですけど、古泉君が… えぇ。察しがよくて助かります 昨日から、閉鎖空間の発生頻度が一気に増えました。まるで中学時代の頃のように あなたに原因があるのではありませんか? すまんが心当たりがない もしよろしければ、昨日のことを教えていただけますか? 俺は昨日のことを話してやった。 そうですか・・・佐々木さんが それでは、僕たちにはどうすることもできませんね 耳にたこでしょうが、『あなたに期待する』としか言いようがありません そろそろ帰ったほうがよいでしょう お引止めしてすみませんでした 家にはハルヒと、もしかしたら佐々木もいるかもしれない なんとなく、早く帰らないといけないような、帰りたくないような・・・ 玄関には、女物の靴が二足あった。 おかえりーーキョンくんー お兄さんと呼びなさい 君たち兄妹は相変わらずだね。くくっ 遅かったわね。今までなにやったてのよ お前こそ、なんで急に休みなんだ …気が乗らなかったのよ 古泉の言うとおりだ。確かに、こいつはおかしい はい、これ どかっという擬音がしっくりくるほどの紙の束。まさかこれ全部・・・? 当然でしょ。ほらさっさとやらないと朝になるわよ カリカリカリカリパラパラ カリカリカリカリパラパラ うぅぅぅまだ半分残ってるぞ。ちょっと多すぎないか? 普段からやってればたいしたこと無いわよ。 なぁハルヒ、ここちょっと教えてくれないか? どこ?はぁ?なんでこんな結果になるのよどんな計算してんの? どれどれ? あぁなるほど。キョン、この公式に当てはめる数字はこちらだよ。 なぜかというとだね、、、 佐々木の解説はとても丁寧でわかりやすかった サンキュ。助かったよ …… カリカリカリカリパラパラ ハルヒ、ここな「佐々木さんに聞いて」んだが・・・ ハルヒ? あたし帰る。悪いけど、佐々木さんあとお願い。 私はかまないけど、いいの? 待て。帰るなら送っていくぞ アンタは課題を片付けなさい! ハルヒは何を怒ってるんだ? …今ばかりは、君の鈍感さに感謝するよ…… 教室に入ると、空気がピリピリしていた。 昨日はダウナーオーラだったが、今日のそれは一触即発の地雷そのものだ。 どうしたんだ? あたし今日から行かないから なんだって? 志望校変えたの。 あたしはあたしの勉強するから、キョンにかまってるヒマは無いの。 ちょっと待て。どういうことなんだ? 今言ったでしょ。勉強の邪魔しないで。 放課後、厭な予感を振り払うようにSOS団アジトへ向かった俺は 厭な予感が当たってしまったことを知った。 ハルヒは今日も休みだった。 急いで帰ると、玄関には女物の靴が一足だけ。 佐々木、すまないが待っててくれるか? ハルヒを迎えに行ってくる なぜ? 涼宮さんには涼宮さんの事情があるでしょう? 勉強ならあたしが見てあげられるし、無理に呼ばなくても。 それとも、あたしでは不足? それは違う。何が違うのか、どう違うのか俺にもよくわからないが、違うんだ。 佐々木は俺の言葉を噛締めているようだった。 俯き、 こうなると思っていた。いや、わかっていたといってもいい。 だが、確かめずにはいられなかったんだ。悪かった。 もう来ないから安心したまえ。短い間だったが楽しかった。 顔を上げて これで…これであたしも一歩踏み出せると思う。 ありがとう… 佐々木の別れの言葉は、女言葉だった。 俺は佐々木を見送らなかった。 俺は携帯電話をとりあげ、ハルヒに電話をした 出ない。だが、俺は確信していた。ハルヒは絶対に携帯を手にして睨んでいる。 留守番電話が6度。7度目の正直はノーコールで繋がった。 しつこいわよ!わからないところは佐々木さんに聞けばいいじゃない! あたしはもう行かないんだから! まてハルヒ!頼むから切らないでくれ。 一度しか言わないからな。よく聞けよ。 お前が来てくれないなら、俺は一切勉強なんかしない。学校へも行かない。 明日からニート一直線に突き進む。 あ、あんたバカじゃないの?ナニふざけたこと言ってるのよ あぁ俺はバカだ。自分でもあきれるくらいだ。だからお前が必要なんだ あたしじゃなくても、佐々木さんがいるでしょう… 佐々木は帰った。もう来ないそうだ。 …そう…… そんなわけで、俺の将来はおまえにかかっている 俺たちは駅に近い、ちいさな公園を待ち合わせに定め、電話を切った。 俺が自転車を疾駆して公園に着いたとき、ハルヒはすでに来ていて 小さなブランコを窮屈そうに揺らしていた。 俺が隣に立つと、ハルヒはぽつぽつと語り始めた。 あたしね、卒業するのが怖い。 卒業して、みんな自分の進みたい道へ進んでいくのよね。 あたしは…自分がどんな道に進みたいのかぜんぜんわからない。 SOS団のみんなと離れ離れになって、自分ひとりになって、また中学のときみたいに? そう考えたら、立っていられないくらい怖かった。 だから、キョンと同じ大学に行くことにしたの。 ほかの誰がいなくても、キョンがいればきっと大丈夫。そんな気がしたから… まるでストーカー。迷惑よね… どうして?中学生のときのあたしは平気だったのに どうして今のあたしはこんなに怖いの? キョン…キョンは、あたしのことどうおもってるの? もし…あたしが特別でないなら、もうかまわないで。もうやさしくしないで。 やさしくされたら、キョンに頼ってしまう。 頼ったら、あたしは弱くなる。一人で立っていられないほど、弱くなってる。 それで、俺を無視したりSOS団をほっぽったりしたのか? ごめんなさい… こんなに弱気で素直なハルヒは初めてだ 『俺にとってハルヒは何なんだ?』か いつぞやの、灰色空間での自問が甦る ハルヒは俺にとって特別な存在なのか?今でも正直よくわからん だが、ハルヒが頼ってくれるなら俺はうれしい こんな俺でよければ、いくらでも頼ってくれ。 それって 俺を見上げるハルヒの顔には期待と不安、歓びがにじんでいた 反則的にかわいい顔にうろたえた俺は、地雷を踏んだ。 俺だけじゃない。長門も、古泉も、朝比奈さんも、鶴屋さんもいる。 ……っっっ!ばかぁっ! ハルヒはブランコからはじける様に立ち上がり、俺に詰め寄った アンタのせいよ!あたしは強かった!独りでいることなんてなんでもなかった! あたしが弱くなったのはアンタのせい! 有希でもみくるちゃんでも古泉君でもない、アンタのせいよ! 涙?ハルヒが泣いてる? アンタが優しいせい! あたしのわがままを許してくれるせい! あたしをっ!あたしをこんなに弱くして…すこしは責任取んなさいよ………っ 泣き崩れるハルヒを、俺は抱きしめていた。 泣いているハルヒなんて見たくなかった ハルヒを泣かせたくなかった 俺は懇願するようにハルヒにつぶやいていた 俺はここにいる。お前が望む限り、お前が望んでくれる限り。 キョン… あんたは?あんたは、あたしがあんたの隣にいることを望んでくれる? あたしは あんたの隣にいて いいの? 涙を湛えた目で見上げるのは反則だ。ちくしょう。かわいいじゃねーか。 ああ。いてくれ。 目の届かないところにいられると落ち着かん。 ん…いいわ。いてあげる…… 俺たちはその後しばらく抱き合っていた。どれだけの時間がたったのか ハルヒのぬくもりが名残惜しいが、いつまでこうしてはいられない。 俺たちにはやるべきことがまだまだ数多く残されている。 安らぐのは今ではない。 ハルヒ、今夜はもう遅いから勉強は明日にしよう。家まで送っていくから。 ハルヒは頷き、俺たちは自然と手をつないで歩き始めた。 明日のために。二人で。 fin.
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/528.html
魔の坂道を根性で登りきり、やっと教室に到着した。 あの朝のハイキングコースはいい加減やめて欲しい。 俺は鞄を自分の机に下ろすと、ちらりと後ろの席を見た。 ハルヒはまだ来ていないようだ。 しばらく待っていたが、ハルヒは一向に姿を見せない。 どうしたんだろうか?まさか欠席か? 「よーし、じゃあホームルーム始めるぞー。」 岡部が教室のドアを開けて入ってきた。 ハルヒは結局今日は欠席か、とか思っていると、 なんと、ハルヒが岡部の後ろから付き添うように教室に入ってきたではないか。 なんだ、ハルヒ。また何かやらかしたのか? ハルヒは若干俯き気味だ。 ごほん、と岡部がわざとらしい咳払いをする。 「えー、今日は皆に聞いてもらいたいことがある。」 岡部はハルヒに顔を向け、小声で「自分で言うか?」と聞いた。 ハルヒはフルフルと首を横に振る。 岡部はハルヒを少し見つめたあと、また前に顔を向けて、 少し間をあけてから言った。 「実は涼宮が転校することになった。」 ・・・・・・・・・は? 教室から驚愕の声が上がる。 俺は声が出ず、口をぽかんと開いたままにしていた。 「お父さんの仕事の関係らしくてな。海外に行く事になったらしい。」 ・・・・・・・・・。 嘘だろ? 俺は席に戻ったハルヒに質問攻めをした。 どうやら岡部が言ってる事は全て本当のことらしい。 海外に行く日は・・・・・・。 今週の土曜日。 なんてこった。もう1週間も無い。 冗談だろ? 最近のハルヒがおかしかった理由を一気に理解した。 鬱だったのは、俺達と別れるのが嫌だったから。 いつも以上に活発だったのは、俺達との最後の時を楽しむため。 突然のオゴリは、最後のハルヒなりの気遣い。 ・・・・・・。 嘘だろう、嘘であって欲しい。という想いが俺の頭の中をめぐる。 今、ここで岡部がプレートを掲げながら「ドッキリでした」と言ってきても、許せてやれる。 嘘と言ってくれ、ハルヒ。 「私だって信じたくないわよ。でも本当のことなの。仕方ないわ・・・。」 毎日のように部室に行き、 毎日のように長門は本を読んでいて、 毎日のように朝比奈さんが茶を入れてくれて、 毎日のように古泉とボードゲームをし、 毎日のようにハルヒが突然持ってきた馬鹿な計画につきあわされ、 毎日のようにSOS団の皆で笑って過ごす。 こんな毎日がずっと続くと思っていた。 わかっていた。 高校卒業と共に、そんな楽しい日々が無くなるのも。 でも、卒業する日が来るまでは、せめて卒業までは、 ずっとそんな日々が続くと確信していた。 しかし、その運命の時は、俺が予想していたよりもはるかに早く訪れたようだ。 ハルヒがいなくなる。 俺の中で何かがガラガラと崩れていく気がした。 団長がいてこそのSOS団だろ? お前がいなくて どうするんだよ。 俺はとぼとぼとした足取りで部室に向かった。 ハルヒを除いた三人は既に揃っていた。 「みんな・・・えらいことになった。」 「・・・・・・聞きました。涼宮さんのことでしょう?」 古泉はいつものようなニヤケ顔ではない。 もっとも、古泉がこの状況でまだニヤケ顔だったら 俺は古泉をぶっ飛ばしていたかもしれない。 朝比奈さんは、メイド服も着ずに、パイプ椅子に座って涙目だ。 長門はいつもの無表情だが、手元にはいつもの本がなく、床の一点をただじっと見つめていた。 「・・・・・・・・・。」 沈黙が流れる。その時だった。 「ヤッホー!!皆元気ー!?」 驚いたね、流石に。見ると、ハルヒの表情は、いつものような笑い顔だ。 「よくお前、笑っていられるな。」 俺がそう言うと、ハルヒは部室の雰囲気に気付いたらしく、 笑い顔を真顔に戻して、教室の時のような表情をつくる。 「皆、もう知ってるんだ・・・。」 ハルヒはすたすたと歩いていき、いつもの席に着いた。 それから30分ほど、俺達は何も話さずにそうしていた。 これほどまでに重い空気が流れたのは、この部室初めてのことであろう。 「ねぇ。」 突然ハルヒが口を開いた。 「このまま、こういう雰囲気で過ごしてもしょうがないじゃない? もうあと僅かしかない時間なんだから、もう少し楽しみましょうよ。」 ・・・・・・わかっている、わかっているが・・・そううまくは切り替えられんな。 「そう言ってても始まらないでしょ!!」 ハルヒは大声を出すと、いきなり机を叩いて立ち上がった。 そして、机に顔を伏せていた朝比奈さんのところまでいくと、朝比奈さんも立ち上がらせる。 「さぁ、みくるちゃん!着替えるわよ!!」 そう言うと、朝比奈さんの制服を脱がせ始めた。やばいっ!! 俺と古泉は急いで部屋から出て、ドアを閉めた。 中からは朝比奈さんの悲鳴とハルヒの変態チックな声が聞こえてくる。 しばらくして、 「ど・・・どうぞ。」 という朝比奈さんの声がしたので開けてみると、 メイド姿の朝比奈さんの横に、バニー姿のハルヒがいた。 「バニーよっ!」 何故お前も着替える。 「なんででもいいでしょー?キョンもコスプレしない?楽しいわよ。」 遠慮しておく。 「遠慮しないの!小泉君!クリスマスのときのキョンのトナカイ衣装出して!」 マジで?あれ?あのトナカイには俺の忘れたいトラウマがあるのだが。 そもそも、今日はクリスマスじゃない。 「はい、ただいま。」 古泉は、俺のトナカイ衣装がかけてあるハンガーを手にとる。 っていうか、古泉も何ハルヒの言う事素直に聞いているんだ。 「さぁ、キョン。さっさと着替えるのよ。」 断る。断じて着ない。 「つべこべ言わずに着替えなさい!!」 そう言うと、ハルヒは俺に飛び掛ってきた。やめろ!!この痴女め!! 「やめろって!わかった!自分で着替える!!自分で着替えるから!!」 俺がそう叫ぶと、やっとハルヒは俺のシャツのボタンにかけていた手を止めた。 朝比奈さんは、両手を顔に当てながら耳を真っ赤にして蹲っている。 「最初からそう言えばいいのよ。じゃ、さっさと着替えなさい。」 その前にだな、ハルヒ。 「何よ?」 俺はドアの方を指さす。するとハルヒは納得したように、 「ああ、そうね。じゃあみくるちゃん、有希、いくわよ。」 ハルヒは蹲ってる朝比奈さんと、パイプ椅子にじっと座っていた長門を連れて、 部屋の外に出て行った。やれやれ。 抵抗がある。それはそうだろう、いきなりこんなトナカイ衣装を着ろ、と言われて 素直に着る奴がいるだろうか。いるとしたら、そいつは変態が含まれている。 「さて、涼宮さんたちを長く待たせるわけにもいかないですから、 早く着替えてしまいましょう。」 うるさいな、古泉。人の気も知らないで。と、振り返ると、 そこにいたのは古泉ではなく、やけにでかいカエルだった。 ・・・・・・誰? 「僕ですよ。面白そうなので、僕も着替えてみました。」 古泉の声を発する化けガエル。よくみると、それは俺達がバイトで得たカエルの衣装だった。 お前も着替える必要ないだろ。お前は変態か? 「キョン、まだー?」 ハルヒがドンドンとドアを叩く。 ・・・何の罰ゲームだ、これは。 俺の姿を見るなり、ハルヒは大爆笑した。 まぁ、こういうリアクション取るとはわかってたがね。 朝比奈さんは、手で口をおさえながら俺の姿を凝視している。 長門はというと、眉ひとつ動かさずに無表情のままだ。 気付くと、化けガエルの視線がこちらに向いていた。 なんだカエル。やるのか?トナカイなめるなよ、この両生類が。 「いやー、やはりあなたのコスプレが一番様になってますね。」 どういう意味だ。とりあえず言っておこう、全然嬉しくない。 ここで俺はあることに気付いた。 「そういや長門だけコスプレしてないな。」 一同が一斉に長門を見る。 「・・・・・・・・・。」 長門の眉が1ミクロン動く。 しばらくそのまま固まったあと、長門はすたすたとハンガーの前に歩いていき、 ひとつのハンガーを手に取って言った。 「これ。」 ナース服だ。 古泉と外で待つこと、数分。 「うわっ、有希、あんたなかなか似合うわね。 キョン、古泉くん、いいわよー!」 ドアを開けると、そこにナース服の長門がいた。 「・・・・・・・・・。」 無愛想なナースさんは、無言のまま突っ立っている。 ・・・俺は今、ひょっとしてすごいものを見ているのではないだろうか。 長門がコスプレするなど、まず普通なら考えられない。 これをデジカメで撮って学校にいる長門ファンに売れば、 かなりの高額で売れること間違いなしだ。 「・・・・・・。」 長門は無言で棚から本をとると、ナース姿のまま、所定の場所について読書を始めた。 無表情、無言で読書をするナース。なんなんだろうね、これは。 「じゃあ、これで全員コスプレ完了ね!」 全員でコスプレしてどうするというのだ。 「楽しいからいいじゃない。」 俺は早く脱ぎたいのだが。 「そんなノリの悪い事言わないの。」 ノリってお前・・・。 「まぁまぁ、たまにはいいじゃないですか。」 うるさい、化けガエル。田んぼでゲコゲコ鳴いてろ。 「キョンくん、似合ってますよ。」 そんな、朝比奈さんまで! 俺のハートは1000ダメージを受けた。 しかし、すっかり元のSOS団の雰囲気に戻ったな。 これも団長、ハルヒがいてこその――・・・ ・・・・・・ああ、そうだった。ハルヒは、もう来週の日曜日にいなくなるんだ。 この楽しい日々も、ハルヒがいてこそ、成立しているんだ。 ハルヒがいなくなったらSOS団は―――・・・ 帰り道、前ではしゃいでいるハルヒに聞こえないように俺は古泉に話しかけた。 「なぁ、古泉。」 「何でしょうか。」 「ハルヒの転校が無しになるってことはないのか?」 「・・・・・・正直申し上げますと、難しいとだと思います。 涼宮さんが激しく願えば可能かとも考えられますが、 今の彼女の精神では、『仕方が無い』とされています。 加えて、今の彼女は段々力が薄れてきている状態にあります。 その条件で彼女が転校しないことになるのは・・・・・・。」 「・・・・・・そうか。」 俺は帰り道、はしゃぎまわるハルヒの顔をじっと見つめていた。 それからは、俺はホームルームが終わると即効で部室に行くようにした。 限りある時間を大切にするためである。 こうなることがわかっていれば、もっと前々から時間を大切にしていたのだが。 人との別れは、突然訪れるものだ。 金曜日。今日が、ハルヒがSOS団での最後の活動。 「ヤッホー、って、何それ。」 ドアを蹴り破って入ってきたハルヒは、 部室の中央に置かれたものを見て口をぽかんと開けた。 見てのとおり、鍋だ。 「何で鍋?」 「お別れ会ですよ。」 古泉は、ニコニコしながら言った。 「お別れ会?ってことは、一種のパーティーね!」 ハルヒは目を輝かせる。 パーティーではないとは思うけどな。 「じゃあ始めましょう!!」 その日、最後の活動は、今までのSOS団の活動の話で盛り上がった。 ハルヒがSOS団を結成したときの話、野球の話、七夕の話、 映画を作ったときの話、俺が入院した時の話、ハルヒの文化祭でのライブの話・・・。 まだまだ話足りなかったが、時は残酷なもので、 それを全て話しきるまでの時間は与えてくれなかった。 ふと気付くと、外ではぽつぽつと静かに雨が降り出していた。 今、俺は空港にいる。朝比奈さんも、古泉も、長門も一緒だ。 もちろんハルヒも。 そして別れの時まで、あと30分。 「いよいよね・・・。」 ハルヒは右手にはキャリーバッグがある。 見ると、朝比奈さんは、もう涙目になっていた。 「ちょ、ちょっとみくるちゃん。いくらなんでもフライングしすぎよ。」 「だ・・・だって・・・。」 しょうがないないわね、みくるちゃんは、とハルヒは朝比奈さんの頭をぐしぐしと掻いた。 ハルヒの両親をみたのも、そういえば今日が初めてだ。 父親は、なんだか優しそうな人で、 母親は、リボンを頭につけた、元気のある人だった。 どちらかというとハルヒは母親似だろう。 「今まであの子の事、ありがとうございました。 大変でしたでしょう?」 ハルヒのお母様が俺に向かって言った。 「いえいえ、そんなこと。」 実際は大変だったけどな。 「さて。ちょっとあんたらここ一列に並びなさい。」 何だ? 「いいから、早く。」 ハルヒに言われるまま、俺等団員は横一列に並んだ。 ハルヒはまず、古泉の両手を掴んで、 「古泉くん。あなたは副団長としてよく働いてくれたわ。 あなた無くして、このSOS団の活動はできなかったと言っても過言ではないわ。 今までありがとう。」 「ありがとうございます。」 古泉はニッコリと笑う。 どうやらハルヒのやってるこれはお別れの挨拶らしい。 次にハルヒは、長門の両手を掴んで、 「有希。あなたはSOS団唯一の無口キャラ、兼万能少女として頑張ってくれたわ。 今までありがとうね。」 「そう。」 長門はおもむろに一冊のハードカバーの本を取り出し、 「読んで。」 それをハルヒに渡した。 「これ、私に?」 ハルヒは戸惑ったような表情でそれを受け取った。 「そう。」 「・・・ありがとう、有希。大事にするわ。」 ハルヒはそれをバッグに入れると、今度は朝比奈さんの手をとった。 朝比奈さんの顔は涙で濡れている。 「みくるちゃん、あなたは部の萌系マスコットキャラとしてよく頑張ったわ。 それと、あなたの入れてくれたお茶は、他の誰が入れるお茶より美味しかったわよ。 もう、あれが飲めないとなると、ちょっと寂しいけど・・・、ありがとうね。」 ハルヒがそういい終わる頃には、朝比奈さんの顔は涙でぐしょぐしょになっていた。 「もう、ちょっとみくるちゃん?・・・しょうがないわね。」 朝比奈さんにつられたのか、ハルヒの目にも少し涙が浮かんできた。 最後にハルヒは俺の前に立って、 「キョン。あんたは・・・まぁ特に働いて無いけど、」 おいおい、ちょっと待て。 「あんたがいてくれて良かったわ。 あんたがいてSOS団だもん。 …今までありがとうね。」 ……ああ。 「それとキョン。」 ハルヒはごそごそとポケットを探り始めた。 なんだ? ハルヒはそれを掴むと、俺の胸に押し付けた。 赤い布?手に取ってみると・・・ 腕章だ。ハルヒがいつもつけていた、 団長 の腕章。 「あんたを、SOS団の団長に任命するわ!喜びなさい!」 …俺が? ………俺が団長? 横を見ると、他の団員も俺を見ていた。 俺がこいつらを引っ張っていくのか・・・? 俺はハルヒがいなくなると同時に、SOS団も無くなると思っていた。 しかし・・・。 SOS団は、まだ続いていくのか。 そうだ、こいつ等はまだここにいる。 今度は、俺がこいつ等を引っ張っていくのか。 ハルヒじゃなくて、今度は俺が。 俺は、腕章をぎゅっと握った。 「あんたたち!」 ハルヒは涙を流しながら笑っていた。 「次回のSOS団不思議探索パトロールをする日を発表します!」 ハルヒは斜め上を人さし指で指す。 「私は五年後に、日本に帰ってくるわ! 五年後の今日と同じ日、いつものあの場所だからね。」 ハルヒの笑っていた顔が、徐々に歪んでいく。 「駅前・・・集合よ。キョンあんた・・・ぐす・・・いつも遅れるんだから・・・ぐす。 早く・・・ぐす・・・。来なさいよね・・・ぐしゅ・・・。 遅れたら・・・ぐす・・・罰金なんだから。」 気付いたら、頬が熱くなっていた。 何事か、と頬を手で触ってみると、熱い液体がついていた。 その液体は俺の眼からつたっているようだった。 ハルヒの父親が、優しい顔でハルヒの肩を叩く。 「じゃあ・・・・・・。」 ハルヒはそう言って踵を返した。 ――コノママイカセテイイノカ?―― ・・・次の瞬間に俺がとった行動は、今思えばとんでもないことだったと思う。 朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親も見ていただろう。他の乗客もな。 とんでもない行動だった。しかし、後悔はしていない。 俺は、ハルヒの肩を掴むと、身体を引き寄せ、唇を重ねた。 そのまましばらくして、唇を離し目を開けると、ハルヒは驚いたように目を見開いていた。 いや、ハルヒだけじゃないな。朝比奈さんも、古泉も、長門も、ハルヒの両親もだ。 ハルヒは、そのまま顔を赤くして、口を開いたままになったが、 しばらくすると、顔に笑みを浮かべ 「ぷっ」 と吹き出した。 「何だ。」 「何でもないわよ。ふふ。」 ハルヒは小さく手を振りながら、 「じゃあねっ!」 と言い、飛行機の中に消えた。 いつものような笑顔で。 その後、俺はハルヒを乗せた飛行機が、青い空に消えるまで見送っていた。 「団長・・・か。」 ぽつりと呟いてみる。 「長門。」 俺はハルヒが去っていった青い空を、そのまま見上げながら言った。 「お前は北高に残るのか?ハルヒの元にいくのか?」 「情報統合思念体の判断で、 私が都合よく再び涼宮ハルヒの元に現れるのは、不自然で、不適切な刺激を彼女に与えるとされたから、 涼宮ハルヒの観測は海外にいるインターフェースが行うことになった。 だが、私を消去すると、五年後の涼宮ハルヒに不適切な刺激を与えることになると考えられたため、 私は消去されずに北高に残ることになった。」 「そうか・・・。・・・古泉は?」 「僕は元々ここいらの区間の閉鎖空間の処理の担当です。 異動になる、というのはよっぽどの事がないかぎりありません。」 「そうか・・・。・・・朝比奈さんはどうですか?」 「えっと・・・ぐす・・・今問い合わせてみたんですけど・・・ぐす・・・。 詳しくは禁則事項で言えないんですが・・・ぐす・・・ 私はしばらくこの時間に残らないといけないらしいです・・・ぐす・・・。」 「そうですか・・・。」 俺は青く広がる空を眺めて、もう一度呟いた。 「団長・・・か。」 腕に腕章を着けた俺は、今、全力で自転車をこいでいる。 まったく、こんな日に寝坊してしまうとは・・・。 待ち合わせ場所に到着すると、懐かしい面々がそろっていた。 「遅いですよ。」 「・・・・・・。」 「キョンくん!お久しぶりです!」 相変わらずニヤケ面の古泉、無口無表情の長門、若干背が高くなったであろう朝比奈さん。 そして、奥で笑みを浮かべながら腕組みをしている黄色リボンの女は、間違いなくあいつだ。 「キョン!遅いわ!罰金よ!!」 fin
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/3642.html
俺が北高に入って早2年と5ヶ月、もう高校3年の秋だ。 この坂道もあと半年ほど登ればサヨナラ、何だか秋風のせいか寂しい気分になる。 教室に入ると、すでに受験色。皆、色んな情報を交換し合っている。 勿論俺も母親の期待に応えるべく大学進学を考えている。 まぁ、そうは言っても谷口と競い合った低空飛行のお陰で推薦入試なぞ、今の俺には無縁の話だ。 ハルヒはああ見えて、勉強は出来るゆえに既に六甲大学への推薦を受けている。 一般入試の受験先を考えていると、ハルヒがやってきた。 3年になってからもこいつとは同じクラス、まさかこいつが俺と同じクラスを願ったなんて事は無かろう。 国木田は3年から理系コースへ、谷口も何を思ったか理系に行った。 「キョン、あんた大学はどうすんの?まさか行けないって事はないでしょうね?」 なんだ、藪から棒に。その「行けない」って言い方は癪に障る。 人に進学の事を聞くときは「行くの?行かないの?」でしょうが、やれやれ本当に毎度疲れさせやがる。 「ねぇ、キョン、聞いてる?」 ああ、聞いているとも。勿論俺も進学は考えている。将来はだな、ほら公務員にでもなるか、 あわよくばどこかの上場会社にでも入れればと考えている。 「はぁ?あんたね、そんな人生でいいの?ちっとも楽しくないじゃない。もっと面白い事考えた方がいいわよ。」 俺の人生が面白くなろうがならまいが、お前さんに何の関係があるというのだ。 「SOS団から就職組や浪人は出さないから。団長命令として六甲大学に合格しなさい、わかった?」 おいおい、そんな無理を言うなよ。先日の模擬試験の結果で偏差値が50しかないんだぜ。 どう頑張ったところで、65以上の六甲大学なんか受かるわけが無かろう。 天変地異でも起こらなければありえない話だ。 今のレベルで合格出来そうな大学といえば、船で目下に広がる海を越えた阿波大学か背後に迫る山を5つほど越えた日本海大学ぐらいだな。 しかし、下宿となると親にも負担が掛かる、あと少し頑張って甲陽園大学ぐらいには行きたいものだ。 そんな事を考えているうちに、担任がHRにやってきた。 大学進学の基準にもう一つ気になることがある。 SOS団の団員はそれぞれどこに行くかだ。 古泉は近畿外大を目指すと言っていた。 長門はやはり観察対象が行く大学、六甲大に入るらしい。 まぁ、長門の場合、どこでも希望すれば入れるんだろう。 一学年上の鶴屋さんも六甲大、やはり地元ではセオリー通りの進学コースなんだろうな。 それはそうと今、同じクラスに朝比奈さんがいる。 この朝比奈さんは朝比奈さん(大)でもなければ、朝比奈さん(小)でもない。 朝比奈さん(妹)である。 まぁ、同級なので敬称略でいいのだが、長年呼んだ「朝比奈さん」が抜けない。 朝比奈さんが卒業と同時に、海外の大学へ行き、代わりに朝比奈(妹)が転校してきた。 まぁ、俺は驚かなかったが、ハルヒは鳩が豆鉄砲食らったかのように驚いていた。 もちろん、SOS団に連れ込まれたのは言うまでも無い。 ただこの朝比奈さんはどの時間から来たのか、俺たちと過ごした2年間の記憶は無い。 中身は変わらないのだが。 そして今、俺が一番注目しているのが朝比奈(妹)、ああ、もう面倒だ朝比奈さんで統一。 朝比奈さんが、どこの大学に行くのかそれが一番気になっている。 授業も終わり、いつものように部室へ向かう。 下級生の団員がちらほら、まぁこいつたちの話はまた今度にしよう。 朝比奈さんは先に来て、部室の掃除をしている。 長門は2年以上居座った同じ場所で本を読んでいる。 俺は朝比奈さんがお茶を淹れて、テーブルまで運んできたときに聞いてみた。 「朝比奈さんは進学はどうするんですか?行くの?行かないの?」これが正しい質問の仕方だ。 「えっとですね、ふふ、禁則事項です。」 え?俺は口に含んだお茶を食道ではなく気管に流し込みかけた。 「冗談です。六甲大学を受けようかと思っています。」 それってやっぱ上からの命令?俺は廻りに聞こえないように聞いてみた」 「それは本当に禁則事項なの。」 そうか、みんな六甲大目指すのか。 この朝比奈さん、my sweet angelと逢えるのも半年か・・・l 少しまどろっこしい悩みをしていると、いつものようにハルヒがドアを開けて入ってきた。 団長席に座るや否や、俺に向かって言い放った。 「いい、今日からSOS団は特別戦闘体制に入るから。目指せ六甲大よ!」 はぁ?なんだそれは?俺に構うな、今から頑張っても六甲大は到底無理だ。 「あのねキョン!やらずにウダウダ言っても仕方ないの。あんたは六甲大に行かなくちゃならないの!」 何ゆえに?何ゆえに俺が六甲大を目指さなければならんのだ。 そりゃ確かに女子にもモテるし、就職も良いかもしれん。だがなハルヒ、人間には身分相応って言葉がある。 背伸びしても届かないものは届かないんだぜ。 「キョン、あんた本当にそれでいいの?みんな六甲大行くのにあんただけ片田舎の三流大で満足なの?」 勝手に三流大に決めないでくれ。 「それにね、あんたが六甲大に来なければSOS団が作れないじゃないの!」 what?大学でSOS団だと。何を言ってるんだ、こいつは。 大学に行ってまでお前と馬鹿やりたくねぇよ。大学に入ったらな、遊びサークルでも入って、夏は海、冬はスキーでも行って 学園祭は出店でもやってだな・・・・・あれ?なんだ?今と変わらないな。 「つべこべ言わず六甲大にあんたが受かる学力が付くまで、毎日ここで補講するから、わかった?」 「それから下級生は今日からキョンが六甲大に受かるまでコンピ研の部室を占拠すると良いわ。じゃ、今から開始!」 ハルヒの号令とともに下級生はコンピ研の部室へと移動した。 それから毎日、俺はハルヒとの受験勉強が始まった。 11月の終わりにはハルヒと長門、朝比奈さんまでもが推薦入試で六甲大に合格した。 初雪が降る頃、全国模試で俺の偏差値は60ぐらいまで上昇していた。 もう少しか・・・大森電気店で貰った電気ストーブが今日も悴んだ手を緩めてくれる。 入試過去問題を解き終え、ハルヒがそれを採点してくれる。 そして、俺を見つめて嬉しそうに 「キョン、この点数なら去年の合格点よ。あと少し頑張れば確実に六甲大にいけるわよ」 それから、来週から冬休みになるから、部室はやめて自宅で勉強ね。 キョンの家は妹さんが居て気が散るから、学校が始まるまで私の家でやるから、毎日9時にくる事。」 ハルヒは嬉しそうに解答用紙を俺に付き返した。 終業式も無事終わり、明日からハルヒの家で朝から猛勉強か・・・ そういえば、俺はハルヒの家に行ったことが無い、どこにあるんだ? 「あんた来た事無かったっけ?あのね・・・」 ハルヒは丁寧に地図を書いてくれた。 翌朝、吐息も凍るような寒さの中、俺は参考書をカバンいっぱいに詰め込み、家を後にする。 歩いて30分、ハルヒの家に到着。 奇抜な家を想像したが、どこの町にもある普通の家であった。 しかし、何か嫌な予感がする。 一呼吸おいて、呼び鈴を押す。直ぐに勢い良くドアが開く。 「さぁ、上がって。あんたの為に特別に部屋を用意してあるから」 ハルヒは嬉しそうに俺を家に招きいれた。 通された部屋は机以外何も無い。時計すらない。カーテンは閉じられ、いや、きっとその窓の向こうの雨戸も閉まっているのではないか? 電気を点けなければきっと真っ暗なはず。 「いい、キョン。今日から2週間ここで頑張るのよ。それとあなたの行動は全て私の管理下に置かれているから勝手に人の家をウロウロしない事。トイレも許可を受けてからね。あと、携帯は没収。」 おい、俺は刑務所に入った覚えは無いぞ。それに時計すら無いとはどういう事だ? 「時計が有ったら、昼飯とかお茶とか言い出すでしょ!だから無くしたの。私の時間配分どおりやれば良いから。」 予感は的中した。が、この怪力女から逃げられない事は既に学習済み。俺は嫌々ながらもこの状況を受け入れざるを得なかった。 ハルヒの言うままに、問題を解いたり、解法を聞いたり。 何時間ぐらい経ったのだろうか、時間概念を消されたこの部屋では己の腹具合だけで全てをさとらなければならない。 ハルヒが一旦、部屋から出て行った。 問題を黙々と解く俺。ふとペンを止め、考え込んだ。 俺はこれで良いのか? ハルヒに半強制的に針路を決められている。 もしかすると、他の大学に行くと俺の人生の伴侶が居るかもしれないというのに。 大学に入って、就職までハルヒに言われるがまま・・・ まてまて、そんな事は絶対にありえん。 俺の自由意志はどこに行った?俺は一体何者なんだ?いや、者ではなく物なのか? 段々と自閉的な思考の渦にはまっていったその瞬間、ドアが開いた。 ドアから顔だけ覗かせたハルヒは 「キョン、その問題が解けたら休憩にしましょう。」と。 おお、昼飯か。腹も減ってきていた、腹時計は正確だった。 「今日はオムライスね」 何度かハルヒの作った飯を食ったことがあるが、こいつの飯は美味い。そこらの定食屋顔負けの美味さである。 問題を解き終え、テーブルを片付ける。ハルヒがトレーを持って再び入ってきた。 余程腹が減っていたのであろう、特盛サイズのオムライスを余すことなく食べきった。 いつもならココから気だるい気分で、昼寝をする訳だが、今はそうもいかない。 何せ目の前にハルヒが居るわけで・・・ 「キョン、ご飯が済んだら少し休憩して続きを始めるわよ」 また囚人の始まりだ。 そう考えると同時に問題が配られる。それをまた黙々と解く。 人間の思考というのは不思議なもので、必死に問題を考えているにも拘らず、瞬間的に他の事を考えたりする。 そういえば、さっきからハルヒ以外の声や足音が聞こえない。親は居ないのか? しかし、この事を尋ねたら、きっとハルヒは集中力が足りないと俺を批難するだろう。 俺は再び、問題に集中した。 途中、一度だけトイレに経ったが、トイレは部屋の前にあり、窓は暗幕で閉ざされていた。 「開けるな」 ご丁寧にも俺に太陽を拝ませないつもりの様だ。 廊下もこの場所からは日は差さない。 淡い黄色を発色する電灯だけが俺の存在を明らかにしている。 そして廊下には俺を閉ざしたかのように椅子が置かれている。 単調ながらも次から次へと襲い掛かる英単語や数式、年号をバッサバッさと切り倒し LVが上がる音が聞こえそうなぐらい俺は打ち込んだ。 さて、今何時だ? 昼飯で満たされた腹はまだ空いていない。 夕食は家で食べられるんだろうな。このまま監禁なんてまっぴら御免だぜ。 そんなことを考えたのがいけなかったのか、ハルヒが俺に問いかける。 「晩御飯はパスタでいい?」 本当は別のことを言いたかったのだが、何故か二つ返事してしまった。 そして昼飯と同じくハルヒが大盛パスタを運んできた。 ハルヒも一緒に食事を取るのだが、今日は物静かだ。何も語らない。 こうもハルヒが静かだと気味が悪い。 「何?足りない?おいしくない?」 いやいや、このパスタは絶品だ、俺は久しくこんなパスタを食った覚えが無いとゴマをする訳ではないが、本音じみた事をこれ以上は無理というぐらいの笑顔で答える。 「あっそ、ならもっと美味しそうに食べなさいよ」少し不機嫌なハルヒ。覚られたのか? 俺がパスタを平らげて少し安穏とした時を過ごしていると、遠くでチャイムが聞こえる。 ハルヒは直ぐに部屋を飛び出して行った。 親でも帰ってきたか? 数分後、俺はドアから入ってくる奴に驚愕する。 いや、人に驚愕したのではなく、俺が置かれた状況に驚愕したのだった。 「どうも、元気そうで何よりです」、ドアの向こうになんと、古泉が居た。 古泉は大きなバッグを二つ携え、部屋に入ってきた。 「涼宮さんに頼まれて、あなたの家まで行ってたのですよ。」 何をだ?何しに俺の家に行ったんだ?俺の家が神人にでも潰されそうになったか? 「いえいえ、実はこれあなたの荷物です。お母様に頼んで着替え用意してもらいました。」 おい、なんで着替えがカバン二つも必要とする? 「さぁ、それは涼宮さんに聞いていただかないと何とも・・・・」 目を細め、溢れんばかりの笑顔で古泉は答えた。 そして、コーヒーカップを3つトレーに乗せたハルヒが入ってくる。 「古泉君にキョンの家から着替え貰ってきた。とりあえず1週間分ぐらい。お正月は帰ってもいいから」 なんですと?何故俺は今日からお前ん家に泊まらねばならんのだ?答えろハルヒ。 「行き帰りの時間が無駄でしょ。往復で1時間、そんな時間が有れば問題10問はこなせるわ。 だから今日からキョンはここで勉強よ」 おいおい、これって軟禁だよな?古泉、俺の人権はどこに隠した? 「あなたには是非、六甲大に行って貰わなければならないのです。分るでしょう?」 何故だ? 「決まってるじゃない、SOS団の為よ!」とコーヒーを啜りながらハルヒが横槍を入れる。 すかさず古泉が「まぁ、そういうことですね、あなた自身が一番分っている事です。」 ハルヒの機嫌を損ねないためにも俺は六甲大へ行かなければならなくなった。 色調の存在する閉鎖空間で俺は問題と格闘している。 一体、今が何日の何時か分からない。 多分、6日目のはず。 何故多分とかといえば、俺が5回眠ったからである。 太陽が恋しくて堪らない。 しかし、ここから出てゆくことは許されない。 脳のバックグラウンドでそんな事を考えつつ、問題を解く。 ハルヒが切り出した。 「キョン、模擬試験するわよ。いっとくけど、模擬だけど実戦だとおもってやるのよ。」 今からかよ!飯はどうした?お茶は出ないのか? ここに軟禁されてから俺の楽しみはそれしかない。 「試験が終わったら食べさせるわよ。だから頑張って。」 そうハルヒは俺を見据えて呟いた。 「いい、今から60分づつ3教科のテストよ。休憩は15分づつ。もし、これで合格点を取れなかったら 後半の合宿はもっと厳しくするから」 おい、今でも充分なぐらい厳しいと思うんだが? 「じゃ、はじめるわよ」 そういって、ハルヒは俺に問題と解答用紙を配った。 「時間は60分、30分過ぎて出来たら休憩してもいいわ。名前は必ず書く事。じゃ、国語からはじめ!」 ハルヒの声と同時に俺は鉛筆を走らせる。 お、この問題は前にやったことがある。あ、これもだ・・・・。案外、記憶に残っているもんだな。 次から次へと問題を解いてゆく、まだどこも躓いていない。 最後の漢文問題で一瞬筆が止まったが、解答用紙を見るとペンが動き出す。 なんだこれは?この鉛筆はホーミングモードにでもなっているのか? そして問題を全て解き終えた。 顔を上げるとハルヒがこっちを見ている。 「あんた、カンニングしていないでしょうね?」 へへ、ハルヒにしては面白い冗談だ。俺とお前以外に誰がここに居るというのだ。 「じゃ、解けたんで休憩するわ」という俺にハルヒはこういった。 「あんた、確認し直しなさいよ、それにまだ20分しか経ってないから。」 なんですと?まだ20分・・・・信じられん、いつ俺に時間を止める能力がついたんだ。 仕方が無い、見直すか。 もう一度、問題を解く。間違いない。これはもしかすると満点じゃないか? ハルヒ、この調子なら一気に出来そうだ、あとの2教科を直ぐに配ってくれ。 やる気が出た俺をもう誰も止められやしない。 なんだこのやる気は。 今まで感じたことの無いやる気だな。 そうして俺は残り2教科を解き始める。 うーん、自画自賛ではないが俺の学力は飛躍的に伸びているのかも知れん。 問題を解き終え、ハルヒに渡す。 ハルヒは直ぐに採点に入る。 少しの間の沈黙、赤ペンを走らせるキュキュという小刻みな音だけが響く。 そして、顔を上げたハルヒが俺に言った。 「やっぱ教える人間が良いとこうまで変わるものね。キョン、3教科で288点、合格よ!」 おお、やった! ん?俺は喜んでいる。たぶん心の底から喜んでいる。 何故だ?合格すればハルヒとまた4年間一緒なんだぞ。 いいのか俺?本当にいいのか? 得体の知れぬ葛藤が続く・・・・ 「キョン、カーテン開けてもいいわよ。それから雨戸も。」 言われるまま俺は窓を開け、外の景色を楽しんだ。 綺麗な夕焼けが見える。 「キョン、晩御飯は外で食べましょう。今日はSOS団全員集まる事になっているから」 ほー、早速俺の合格祝いか、いいねー 「ここまでみんなの協力があったからこの点数なのよ、あんたが全部出しなさいよ!」 なんだと?俺は懲役を喰らった上に罰金まで払わされるのか! なんだかなぁ・・・・ 「さ、いきましょう!」ハルヒは席を立った。 いつもの駅前に到着すると、長門、朝比奈さん、古泉が居た。 「みんな、今日はキョンのおごりだからしっかり食べなさいよ」 ハルヒは駅前のすし屋に入る。 おい、ここの寿司は廻ってないぞ!こんな所で俺が全額とか無理だろ! すると古泉が俺に耳打ちした。 「心配しないで下さい。ここも我々の管轄内なので大丈夫です。」 そうなのか?それを聞いて俺はほっとした。 「それにここ数日間、あなたが涼宮さんと一緒にいる間、閉鎖空間は一切発生しませんでした。 組織も今回の事を非常に評価しています。なので、もしあなたが白紙で答案用紙を出しても 六甲大には合格できると思いますよ。ま、その必要もなくなりましたが・・・・」 結局俺は人類のためにペンを持っていたわけか。ペンは剣より強し、誰かが歌ってたな。 そして、俺達は腹いっぱいの寿司を頬張った。 店を出てから古泉が切り出した。 「私と長門さんは少し話がありますので、ここで失礼します。」 朝比奈さんも今日は他の用があるらしい。 「じゃ、ここで解散ね。明日は大晦日なんで23時に集合よ!初詣に行くから。」とハルヒ。 今日は30日か・・・・やっと時間が戻ってきたぜ みんな頷き、笑顔で別れる。 俺とハルヒは寒空の下を並んで歩いた。 「ねぇ、キョン。やれば出来るって分かった?」 ああ、俺は超人だからな 「あんたね、そんな風に思っていると足元掬われるわよ」 冗談だ。でもハルヒ、ありがとうな。 「はぁ?何言ってんの!私は団のためにやっただけだから!」 そういうハルヒの頬は少し赤く染まっていた。ような気がした。 「ねぇキョン、六甲大に合格できそうで嬉しい?」 え?そりゃまぁ良い大学に行けるってのは嬉しいさ。 「六甲大に行ける事が嬉しいの?それとも私と同じ大学に行ける事が・・・・」 ん?なんだって?聞こえないぞ? 「聞こえてるのに聞こえないふりするなんて卑怯よ!」 そう言いながらハルヒは俺を肘でつっつく。 いつもなら俺の息が止まるほどの強さなのだが・・・ 「ああ、お前と一緒にまた4年間居られると思うだけで俺は嬉しいぜ」 その一言を言い終えたとき、ハルヒの頬を小さな星の欠片が伝い流れたように見えた。 「キョン、本当に頑張ったね。良かった。」 ありがとう、お前のお陰だ 「まだ、合格したわけじゃないんだから。気を抜かず頑張るのよ」ハルヒは反対を向いて呟く。 ああ、分かっているさ。 「ねぇ、キョン、これ合格のお守り」 そういうとハルヒは俺に抱きつき背伸びをした・・・・ 閉鎖空間から開放されるときのスイッチはいつもこれだ・・・・ 空にはいつもより多目の星が輝いていた。 涼宮ハルヒの補習 おわり
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5573.html
結局のところどうなんだ。 世界は静まったのか。春にあった佐々木の件が本当に最後なのか。 そんなもんは解らん。古泉にだって解らんのだから、スナネズミ並の思索能力しかない俺ごときに解るわけがない。 ないのだが。 世界が静かすぎるのか? 俺の胸には妙な焦燥がある。晴天の霹靂なんて恐ろしい言葉を思いついちまったが、まさか今の静かな状態が台風の目から見える青空のようなつかの間のものではないだろうな。そうであってはならん。せっかくSOS団内外にごろごろしてた問題が一段落したってのに、それは実は暴風域の中心に入っただけですよなんてのは俺が断るぜ。 特に長門には絶対休養が必要なんだ。 俺が気を遣っていることは遣っているが、そんな程度のことが長門のような宇宙存在の気休めになってくれるとは思いがたい。できることなら、一日でもいいからあいつをハルヒの監視任務から逃れられるような快適な状況を作ってあげたいんだけどな。あの読書マニアのことだからどうせ図書館に一日中いるというのがオチだろうが、長門がいいならそれで構わん。 とにかく、休養が必要なときに九曜みたいなヤツが現れて長門のライフゲージを削るようなことをされては困るのだ。この際台風の目でもいい、せめて長門が飽きるくらい存分に読書できるまで待っててくれ。それか、世界がこのまま収まってくれるのなら俺は迷わずそっちを選ぶぜ。 長門じゃなくても、朝比奈さんにしても古泉にしても、七面倒くさい設定に束縛されずに生活できるんだろうからな。 * 「七夕よっ!」 七夕である。 「願い事は考えてきたでしょうねえ?」 といって、特別何かがあったわけではない。朝比奈さんに放課後部室に残っていてくれと頼まれることもなく、全員がその日のうちにどこぞの神様に対する要望を羅列した短冊を笹の葉にひっつけることができた。 今年も去年と同様に理屈からひねり出したような屁理屈を並べ立てたメモ用紙をハルヒが団長机に立って音読し、俺たちはそれぞれ十六年後と二十五年後に叶えて欲しい願い事を短冊に書かされた。 「あたしたちは将来のことについてもっと考えるべきなのよ。こらキョン、ちゃんと聞いてるの? あんたの将来なんか特に悲惨よ。もっと将来のことを真面目に考えるなさい!」 どっかの街頭演説並に無駄な熱意を込めて喋るのはいいとして、ハルヒに我が将来を心配されるのは業腹である。高校に行ってまで謎な部活動を設立して謎な活動しかしない奴なら、人の将来でなくて自らの将来を案じるべきだ。いっそのことUMA捕獲隊にでもなって一攫千金を目指したらどうだろう。チュパカブラあたりならわりと現実味がありそうだぜ。 『地球の公転を逆回転にしてほしい』 さて、これがこのヒネクレ女の一枚目願い事である。 精神年齢を成長させるべきだ。こんな願いが万一ベガやアルタイルにでも届いちまったら腹を抱えて大笑いするだろう。そうでなくてもこんなのを笹にひっつけて現世界で衆目にさらすこと自体が恥ずかしくて見てられん。 で、もう一枚は、これは少し意外だったのだが、 『SOS団メンバー全員が二十五年後にはそれなりの生活を送れるようにしなさい』 なるものだった。 何だ、精神年齢を成長させるべきだとか言ってしまったが、もしやハルヒも内面的に成長しているのか。それに、それなりの生活とはハルヒらしからぬ文ではないか。徹底主義者のこいつなら大富豪とか社長とか書きそうなものを。 俺が指摘すると、ハルヒは得意げに返答した。 「あんたがどうがんばったって二十五年後に大富豪や社長になってるわけないもん。そんな傲慢な願いは神様だって叶えてくれないし、あたしが神様だったらやっぱりあんたをそんなお金持ちにはしないわよ。だからあたしは叶ってくれそうな現実的な願い事を書いたつもりなの。よかったわね、これであんたも二十五年後には路頭に迷わずにすむわ。これから毎日朝昼晩三回ずつあたしに向かって手を合わせなさい」 何というか、団長ってのは団員を気遣うものらしいからな。それだけ団長の自覚が芽生えたってことで感謝するべきだろう。崇めるつもりは毛頭ないが。 朝比奈さんはまた、 『もっとおいしいお茶が淹れられるようになりますように』 『みんな幸せに過ごせますように』 と、後半部分など感涙モノの心の広さで、俺は改めて幸せに過ごさねばなるまいと心持ちを新たにしたのだった。笹の葉に吊した短冊に向かってパンパン手を叩いて黙祷する姿も、なかなか可愛らしいですよ。 『世界平和』 『平穏無事』 かのような高校生にしては無益に老成しているように見受けられる四文字熟語を書き殴ったのはやはり古泉で、何となく古泉の苦労を暗に窺わせる願い事である。古泉は吊してから時折吹き込む風に揺られる願い事を哀愁漂う表情でしばし眺めていたが、俺の視線に気づくと鼻を鳴らして肩をすくめた。俺とどっちが苦労してるかは微妙なところだな。 長門は、 『保守』 『進展』 何やら無味乾燥なくせに意味ありげなことを完璧な明朝体で書き、若干背伸びして笹の葉に吊していた。棒立ちで自分の書いた願い事を動物園のパンダを見るような目つきで眺めている。 「十六年後とか二十五年後に、お前はまだ地球にいるのか?」 俺は気になって、まだ竹の前から離れようとしないショートカットに訊いてみた。もちろんハルヒには聞こえないよう、声をひそめて。 長門は俺の言った意味を確かめるように二、三秒間をおいてから、 「地球上にいると断定することはできない。それを決定するのはわたしではなく情報統合思念体だから」 そりゃまた、あの宇宙意識を罵るネタができたもんだな。 「ただし」 長門は補足するように言った。 「わたしという個体は存在し続ける。有機生命体の機能を持っているとは限らないが、情報生命体、あるいは単なる情報体として銀河系のどこかに必ず存在しているはず」 長門にしては力強い言葉であった。 俺は何となく、文芸部冊子を作ったときの長門の幻想ホラーを思い返していた。 綿を連ねるような奇蹟は後から後から降り続く。 これを私の名前としよう。 そう思い、そう思ったことで私は幽霊でなくなった。 ――ほんのちっぽけな奇蹟。 ふむ。やっぱり長門には有機生命体のままでいてもらいたいもんだよな。 「夏休みまでは吊しとくからねっ」 というように、今年のSOS団の七夕は変な雰囲気をまとうキミョウキテレツなイベントとなった。 それぞれの組織の思惑が多分に含まれているであろうこの神に向けた願掛けも、ハルヒの意見によってしばらくはこの部室に居座りそうである。 ベガとアルタイルにもしこの文字群が見えたなら、ぜひそうしてやって欲しいもんだ。少なくとも、長門と朝比奈さんと古泉の願いくらいはな。あとハルヒの二十五年後に向けた願いも叶えてやって欲しい。十六年後に地球の公転が逆回転になってしまった場合地球にどんな影響が及ぶのかはいまいち解らんが、非現実的で傲慢な願いは神様も叶えてくれないだろうというハルヒ説に基づくのなら実現しないから大丈夫だ。俺が案ずるまでもなく地球は安泰さ。 ああ、誰か忘れてるな。 俺だ。 こんなのは真面目に書いたって物資的にサンタクロース以下の利用価値しかないだろうが、何も書かないのもどうかと思うしこの集団の中でウケ狙いの願い事を書いても古泉の苦笑が返ってくるだけのように思えたので、とりあえず思うままに書いてみた。去年の俺は俗物を頼んだために、どうせ未来の俺は金には困っていないだろう。だったらと思ってこう書いた。 『俺の身の安全を確保しろ』 『俺の知り合いに死人またはそれと同意の状態になる奴を出すな』 * 突然だが、SOS団という部活以下同好会以下の課外活動を何を持って終了して下校するかというのは実はほとんど決まったパターンである。 長門が電話帳ではないかと思うほど分厚いハードカバーを閉じると、その音を合図として誰からともなく席を立つことが習慣化されているのだ。おかしなことで、この暗黙の了解はハルヒにも通用しており、その日のハルヒがどんなに不機嫌オーラを発していても長門が本を閉じると自然と通学鞄を手にするのである。 ただし珍しいこともあるもんで今日は違った。今日は長門ではなく古泉が「ああ、もう時間ですね」と言ったのが終了の合図となったのだ。なるほど校内でも下校を急き立てるBGMが流れ出している。俺と古泉は廊下に放り出され、まもなく着替え終わった朝比奈さんと共にハルヒも出てきた。 「有希、早くしなさい」 驚いたことに長門はまだ部室内にいるようだった。ハルヒの呼びかけに中から小さく「わかった」という声がしたが、出てくる気配はない。読んでいる本が修羅場でも迎えたのか。 「校門のとこで待ってるけど、いい? いいなら戸締まりもやっといてくれるとありがたいんだけど」 再び「わかった」という声だけが聞こえた。ハルヒは妙な顔をしながらも他の団員を引き連れて階段へと歩き出す。俺は戻るべきかハルヒの金魚のフンと化すべきかしばし逡巡していると微苦笑の古泉が耳打ちしてきた。 「行ってあげたほうがいいでしょうね。いえ、もちろん僕ではなくあなたです」 「何か思惑があるのか?」 「さあ。もしかすると、あれは彼女なりの意思表示かもしれませんよ。あなたと二人だけの状況が欲しかったという、ね」 何か言い返してやるべきかと思ったが、古泉が気色悪くウインクなぞするので俺は黙って部室へと舞い戻った。一人で。 呆れたもので長門はまだパイプ椅子に座ってハードカバーに目を落としていた。 俺は何となく頬が弛みそうになるのを感じながら、 「長門、最近調子はどうだ」 長門は読みかけの本から漆黒の瞳を上げると首だけ俺のほうにやった。 「どう、とは」 「何かおかしなことが起こってたりしないかって意味だ。具体的に言うと、この間の宇宙野郎が暴れてたりしないか、とか」 「そう」 無論俺は長門の口から「ない」という二文字が出てくるに違いないと思っていた。古泉に教えられたこともあるし、さすがに九曜のヤツも少しは黙っててくれるだろうと。何よりあいつは情報統合思念体の監視下にあるんだ。そういうのは情報統合思念体の得意技なはずである。 だから、長門が無感動な声で当然のように、 「ある」 と答えたときには俺は反応に困った。 「えーと、あるってーと、おかしなことが起こっているということなのか?」 「そう」 そんなおはようの挨拶くらい簡単に言われても。 「どんなことなんだ。やっぱりあの、テンガイナントカってヤツがからんでるのか?」 「彼らに新たな動きが見られた」 長門は俺に視線を固定したまま、 「天蓋領域が、彼らのインターフェースを地球上から退去させた」 インターフェースの退去。 それがいったいどんな意味を持っているのかを理解するのに、俺はしばらく時間を要した。天蓋領域のインターフェース。長門とは違う種類の宇宙意識。 「九曜のことか」 「そう。情報統合思念体の把握能力では、現時点の地球において周防九曜と呼称されるインターフェースの存在を感知できなくなっている」 長門の淡々とした声が俺の鼓膜を震わせ、脳に届いて情報を理解したのと同時に俺は戦慄とも安堵ともつかぬ何かが身体を走り抜けていくのを感じた。 「地球からいなくなったってのか?」 「そう」 なんと。 周防九曜が地球からいなくなった。長門を何度となく攻撃してきたSOS団にとっての強敵は目の前から消え去った。 嬉しいことのはずである。あんなのが地球にいてメリットがあるとは思えん。あれに比べればタコ型火星人のほうがよっぽど庶民的であって友好的である。 だというのに、俺はいまいち喜べなかった。いろいろありすぎたせいで疑り深くなっているのかもしれん。 驚いた。俺はどうやら疑念を抱いているようだった。 なぜ九曜が地球からいなくなったのだろうか。 目的を諦めたのか。ハルヒの力だか佐々木の力だか知らないが、それを諦めて宇宙に帰っていったのか。 そんなことはありえん。 よもや長門並の力を持つあいつらがそんな簡単に折れるとは思えない。地球から出ていったのは目的を諦めたのではなく、何か他の目的があるからではないか。 捉えようによっては悲観的な考え方にも思えるかもしれんが俺は妥当なところだと思うね。俺の頭も経験値を着々と増やしているのさ。ま、何でいなくなったかと訊かれても俺は答えられんのだが。 こういうときは解ってそうな奴に訊くのが一番である。 「何故だ」 俺は訊いた。 「何で九曜が地球からいなくなったんだ」 「解らない。天蓋領域の思考パターンは我々には理解不能なもの。また、彼女がいなくなることによって情報統合思念体と天蓋領域との唯一の接点も失われたた。我々が彼らの意思を読みとることはできない」 あんなヤツでも一応唯一の情報源だったわけだしな。 それがいなくなったってのはますます怪しいじゃないか。ようするに、九曜がいなくなれば長門たちが天蓋領域の行動を把握できなくなるということだ。橋渡しをしていた九曜を地球から退去させることで、天蓋領域は情報統合思念体に意思を読まれることなく行動できるようになったわけだ。露骨に怪しすぎるだろ。 「それで、お前のところはどうするつもりなんだ。まさかそのまま放っておくのか?」 「天蓋領域の持つ力は情報統合思念体とほぼ互角だと判明している。退去の理由をはっきりさせないまま放っておくのは危険。今、情報統合思念体が総力を挙げて天蓋領域の位置特定を行っているところ」 宇宙の概念だけの存在が同じく概念だけであろう存在の居場所をどうやって特定するのかは古泉でなくとも興味があるが、そこは後日ゆっくり聞かせてもうらうことにしよう。 「お前はどうなんだ。何か、役割とかないのか?」 長門は俺を見て数回瞬きし、 「わたしに与えられた役割は、他のインターフェースと協力してあなたたちを保護すること」 無感動な声でそう告げた。 「安心していい。天蓋領域からの攻撃はわたしたちがガードする。危害は加えさせない」 他のインターフェースってのは喜緑さんのことだろうか。確かに、彼女と長門、それに古泉と朝比奈さん(小)(大)がいてくれるのならそれほど心強いことはないだろう。 しかしな、何度も言うが守られるだけってのも決して居心地がいいもんじゃないんだ。ハルヒみたいに無自覚ならともかく、俺のように何かが起こっていると知りながら何もできないのはけっこう苦痛だぜ。俺だってハルヒ爆弾の導火線に火をつけることぐらいはできるのだが、それを爆発させたことはほとんどないし、十二月に世界が変わったときは導火線に火をつけることすら不可能だった。あの時の喪失感はさすがにもう充分だ。 「長門、俺らを守ってくれるのはありがたいけどな、絶対に無理はするなよ。苦しくなったら何でもして俺か誰かに伝えてくれ。栞に書いて本に挟んでくれるだけでもいいし、ちょっと表情を変えるだけでもいい。あんまりお前にばっかり苦労をかけるのは嫌なんだ。お前も俺もSOS団の団員なんだからな」 「そう」 長門は表情一つ変えずに俺の顔を直視しながら、 「了解した」 * その後、俺はようやく本を閉じた長門と一緒に校門に向かった。さすがにもう待っていないかと思ったが校門前ではハルヒが律儀にも不機嫌面をして立っており、ついでに朝比奈さんと古泉もいた。 「遅い! 罰金!」 ハルヒは俺が駅前集合に遅れたシチュエーションとまったく同じトーンで言ってのけ、二人っきりで何をしていたのかさんざん言及されたあげくに結局俺が今度の市内パトロールで喫茶店代を奢ることになってしまった。長門はいいのかとツッコみたいところだが、どうせそんなことを言っても俺が喫茶店代を奢るのは日常茶飯事であり、長門にはいろいろ世話になってることもあるしたかが喫茶店代くらいでぶつぶつ文句を言うほど俺はできていない人間ではないつもりなので俺は口をつぐんだ。 そんなこんなで、ハルヒのUMAの話に付き合ったり古泉のややこしい宇宙理論の話を聞き流したりしているうちに駅前に着いて解散の運びとなった。下校途中も無言だった長門は、ハルヒに「じゃあね有希」と言われると聞こえないような声で「そう」とだけ回答した。マンションの方向にすたすたと去っていくセーラー服の小さな後ろ姿を何ともなしに眺めながら、俺は終わりそうにないハルヒのUFOがどうとかいう話に耳を傾けるのだった。 * さて、ここらへんでこの話の一旦の区切りがつくことになる。 今は知る由もなかったなどという常套句があるが確かにその通りであり、この静けさは嵐の前の静けさだったらしい。台風の目はいつまでも俺たちを庇ってくれはしなかった。 起こるべくして起こるのか、それともどこかで糸を引いているヤツがいるのか。どっちでもいいが、俺はそいつらに言いたい。 ふざけんな。
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1052.html
涼宮ハルヒの終焉 プロローグ 学年末の幽霊騒動も終了し、なんとか留年を避けた俺は新たな2つの懸案事項を抱えていた。 昨日まで冬休みだったのだが結局ハルヒに振り回されすぐに終わっていた。 なぜか俺の目にはハルヒが無理しているように見えた、今度古泉にでも聞いてみようと思う、きっと気のせいだと思うが…。 俺が抱えている懸案事項とはそのことではない。 1つは今日は始業式だ。そして昨日は入学式だったのである。 ということはSOS団に新入部員が入るかもしれないということなのである。 まあどうせ傍から見たらただのアホな団体にしか見えんだろうから誰も入らんと思うが… しかしハルヒのことである、どうせ1年生全員をSOS団にいれるわよとか言い出すかもしれない。 1年前の春のようにバニーガールでビラを撒き始めるかもしれない。 また朝比奈さんのバニーガール姿が見れるということはうれしいのだが、 入学して早々美人二人がバニーガール姿で入団をしろと言ってくるんだ、 断る理由はどこにも無い、何か変な勘違いをして1年生男子全員が入団してきても何もおかしくは無い。 ハルヒは喜ぶだろうが、ハルヒを除く4人の団員は迷惑するに決まっている。 ハルヒがそんなことを言い出したら確実に阻止せねば。 そして2つ目始業式といえばクラス変えだ、 俺はきっとハルヒに望まれ同じクラスになるんだろうが…、また面倒なことになるんだろうと思う。 ここで思い出して欲しいのだが俺には中学からの友達と1年のとき同じクラスだった奴等と長門と古泉ぐらいしかまともな知り合いはいない。 そしてハルヒのとんでもない行動のせいで中学からの友達からはまるで山から下りてきた雪男を見るような目で見られている。 当然全然知らないやつらからもそんな目で見られているのだ。 もしハルヒと全然知らないようなやつしかいないクラスになってしまえばもう暗い2年生を送るしかあるまい。 せめて谷口や国木田も同じクラスになるようにしてくれないか?ハルヒ などと考えつつ俺は教室のドアを開けた。 第一章
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/4731.html
SOS団お天気シリーズ 国木田の・・・ 涼宮ハルヒのストリートファイター 梅雨空に舞う雪 本名不詳な彼ら in 甘味処 沈黙の日 国木田の憂鬱 原付免許 クロトス星域会戦記(銀河英雄伝説クロスオーバー) 分裂、或いはSのモノドラマ(佐々木×キョン) セーラー服とメイドさん ユ・ビ・レ・ス Missing you関連 涼宮ハルヒの奇妙な冒険 ドラえもんとハルヒの鏡面世界(仮) (ハルヒ×ドラえもん) Macross Cross (MacrossF x 涼宮ハルヒ) 宇宙人は情報羊の夢を見るか? プロローグ ピノキオ 月の微笑シリーズ(佐々木×キョン) ランキング by.キョン(佐々木視点、オール物) お隣さんはすごいヒト 空と君とのあいだには 消失異聞 切り札と悪魔 谷口のTOT団 涼宮ハルヒの誰時 朝倉ルート 雷の夜のこと Live A Cat~シャミセンさんシリーズ~ 台風一過のハレの日に 橘京子の暴走 橘京子の驚愕 もう一人の秘された神 (きれいな)朝倉さんと(かわいそうな)古泉君 やさしい嘘 鶴屋さんの隷属 そしてイブはりんごを齧るのシリーズ 平行世界軸交差装置 橘京子の消失 異邦人 涼宮ハルキの熱血 朝倉涼子の軌跡 秘めてた想い 絶望オカベ 始めて君のパンツを見た (岡島瑞樹) 母 彼女 SOS団のなぞなぞ 家庭教師ヒットマンREBORN! VS 涼宮ハルヒの憂鬱(Cross Over Remix Version) 出し物決め 憂鬱にいたるまでの物語 永遠と一瞬 ゼロと無限大 橘京子の動揺 レシピ 甘甘 森さんと古泉の話 その他作品一覧 カボチャと紅茶と若布の甘さ コントロールの概念とその新機軸 機械知性体たちの狂騒曲 機械知性体たちの即興曲 涼宮ハルヒ― あるファンの日記 (オリキャラ) 反英雄(オリキャラ主人公・ハードでダークな消失世界・死ネタ有) 橘京子の憂鬱 気のおけない友達 Goddess Knows... 災厄の胎動(オリキャラ主人公・ハードでダークなハルヒ世界・死ネタ・メタネタ・パロネタ有り) ぽるのではるひ! 北から来た悪魔(オリキャラ) 橘京子の―― 涼宮ハルヒの三つ巴 反転世界の運命恋歌(性転換) 涼宮ハルヒの救済 ~Moonlight of the summer~ 涼宮ハルヒの異界(オリキャラ) 佐々木「憂鬱だ」キョン「佐々木でも憂鬱になることがあるんだな」 佐々木「ん?素直になる薬?」 涼宮ハルヒの遡及(オリキャラ) 涼宮ハルヒのお願い!ランキング